5年ほど前から裁判所で公判を傍聴しているのですが、そこで印象的な裁判がありました。
実際に存在する事件なので、プライバシーに配慮して登場人物や内容をボカしつつ、何が問題だったのか考察してみます。
婚約破棄による損害賠償請求
今回は刑事事件ではなく「婚約破棄による損害賠償請求」という民事訴訟です。
この事件は2016年8月バツ日に大阪地裁で起こった訴訟です。民事訴訟は、原告が被告に対して訴え(提起し)、裁判所が受理することから始まります。今回のような損害賠償請求や慰謝料請求、不動産の明け渡しや所有権のトラブルなども扱います。交通事故やストーカー被害などは、刑事事件・民事訴訟の両方が行われることもあります。
恋して結婚していない?
この公判では、2016年2月バツ日に原告の30代女性が、結婚相手である30代男性から一方的に婚約を破棄されたと主張し、それに対する損害賠償請求を行いました。
大阪市内で薬剤師として働く原告の山田花子さん(仮名)は、奈良市の総合病院の医師である被告の鈴木太郎さん(仮名)と婚約を交わし、同年6月中旬に大阪市内のホテルで結婚式と披露宴を開き、そのすぐあとに1週間のハネムーンとして海外旅行をしました。入籍の予定はお互い未定でありながらも、両家の挨拶が複数回にわたってなされ、新居として奈良市内のマンションを新しく借りて同居する予定でした。
ところが結婚式より前から被告の鈴木さんとは関係が悪化していて、LINEの長文でお互いの問題点などを指摘し合い、結婚式の数カ月後には、両家の家族立ち会いのもと深夜から翌昼まで12時間にもわたる長い話し合いが行われました。
山田さんは新しく借りたマンションですぐに同棲する予定でしたが、お互いのすれ違いが悪化し、鈴木さんの部屋に荷物を置くことなくフェードアウト。その後1ヶ月近く会うことがなく、困り果てた鈴木さんが弁護士に相談し、今回の民事訴訟を起こすに至りました。
刑事事件よりも緊張感がある
僕は本件が初めての民事裁判傍聴でしたが、刑事事件とは異なる印象を受けました。
傍聴席は好奇心や勉強目的、法曹関係者と思われる人などで、ほとんど満席でした。
刑事事件は中央に裁判官、左右に検察官と弁護士が対峙するような形で座りますが、民事訴訟ではテーブルの両側にお互いの弁護士が座ります。刑事事件では起訴されるまで被疑者、起訴されてからは被告人と呼びますが、民事事件の場合は単に「被告」。また原告側の弁護人のことを「原告代理人」と呼ぶのが印象的でした。
陳述が読み上げられたあと、当事者は証言台に座り、主尋問(自分側の弁護人)と反対尋問(相手側の弁護人)を受けます。
民事ですので、原告がどれだけ辛い思いをしたのか、どんな被害を受けたのかを具体的な証拠をもとに立証します。反対尋問では、被告の弁護人が原告に対して「なぜそうなったのか」「別の方法がとれたのではないか」と切り崩しにかかります。
今回の傍聴では、互いに専門職で知的かつ理性的な原告・被告でしたが、弁護人が感情的になる一面もあり、相手の弁護人から「異議あり!」と誤解しやすい質問や誘導尋問、関係のない話をしないよう注意が入る場面もありました。
甲号証(提出書証)より、わずか1行のLINEを抜粋して「これは別れたいという意味ですよね?」と尋問したとき、ずさんな質問に原告が「LINEで何百件も会話をしているので、前後の文脈を判断しないとお答えできません」と指摘しているシーンもありました。
起訴されれば99%が有罪になる刑事事件と異なり、民事は互いの弁護人や当事者が納得できないことを真正面からぶつけ合います。今回のように当事者が教養のある知識階級だと、裁判でしか使わない用語さえスムーズに会話に織り込み、婚約破棄に至った事情や経緯を包括的に説明していて、まるで弁護人が4人いるような緊張感がありました。
結婚するには少し頼りない被告
一般的に結婚式の前夜といえば、最も幸せのピークともいえる日で、二人で明日の結婚式についてワクワクしたり、前祝いをしたり、慌ただしく準備をしたりと、共同生活への一歩を踏み出すときです。
裁判を傍聴していて衝撃的だったのが、被告、つまり新郎が結婚式前夜に“パパとママでホテルに前泊していた”という証言でした。これには思わず「マジで!?」と声が出そうでした。
新婦の方は一人で披露宴の出し物の準備をして慌ただしく過ごしたそうです。
お互いお金のあるパワーカップルなんだから、挙式を挙げるホテルのスイートルームでシャンパンでも飲んで、夜景を見ながら「あっという間だったね」とか会話するのが新婚じゃないの?(僕は独身ですが)
そしてさらに、結婚式当日にある衝撃的なトラブルが発生しました。
なんと原告の新婦が新郎のLINEを偶然見てしまったそうで、そこには自分との会話を逐一ママに報告している痕跡があったのです。
30代の男性が彼女とのLINEを母親に逐一転送していた――これはもう、気持ち悪いと言われても仕方がありません。信頼できないと証言されても当然です。
これなら、まだ他の女性とLINEしていた方がマシでした。
被告はママとパパの“傀儡”でしかなく、愛のない政略結婚だったのだと法廷から察するのに十分すぎました。そして、ハネムーンから帰ってそのまま別居した理由も納得です。
理想論でしかないジェンダーレス
原告は「(他の人と結婚できたはずの)女性としての時間を失われた」と強く非難しました。
このあたりは非常に複雑で、世の中の流れは“ジェンダーレス”――つまり、生物学的な性差を前提とした社会的・文化的役割の違いをなくそうとする考え方が主流になりつつあります。
アメリカも日本も、その思想を徐々に取り入れています。
とはいえ、現実の結婚相談所では「男性がしっかりお金を出してリードしなさい」と提言しますし、「結婚して専業主夫になる男性」は未だにほとんど存在しません。
この裁判でも「女性としての貴重な若い時間を失われた」と主張していましたが、裏を返せば「男性には貴重な若い時間など存在しない」と言っているのと同じです。
実際、30代で一度結婚式を挙げ、周囲に周知された女性が再び良い男性と出会って結婚式を挙げるのは、極めて難しいと言わざるを得ません。
一方で、被告の男性は働き盛りの医師。40代になっても二度目の結婚式を挙げることは十分可能でしょう。
この現実と“ジェンダーレス”という理想のあいだには、平等を掲げる法廷でさえ埋められない深い溝があるように思えました。
判決
判決ですが、慰謝料を含む容認額は500万円、そのうち慰謝料は270万円でした。
これには結婚式場代や新婚旅行の費用が一部含まれているそうです。
それにしても、愛のない結婚というのは本当に寂しいものですね。


