明けましておめでとうございます。昨年は「大人本」をできるだけ毎日更新しようとした結果、“おしなべて出来が悪く、しかも量だけはやたらに多い”記事の連続になってしまい、読者の方には少し申し訳なさを感じています。
昔、友人とこんな話をしたことがあります。彼は5年以上かけて超大作の小説を執筆しているそうなのですが、仲の良い友人であっても途中の文章はおろか、どんな内容なのかさえ誰にも教えることはありませんでした。「大作が完成したら、書店で購入して読んでくれ」。そう話したのは今から15年ほど前のことです。随分と長く会っていないので、今も執筆を続けているのかは分かりませんが、残念ながら書店で彼の作品を見かけたことはありません。
その話を思い出すと、私自身は長い年月をかけて完璧な一本を書き上げるより、不完全でも書いたものを公開し、その都度また勉強して次の記事を書く方がライフスタイルに合っているような気がします。もちろん、何年も推敲を重ねて一つの作品を完成させる方法と、日々書きながら少しずつ前へ進む方法のどちらが正しいというものでもありません。ただ私の場合、完璧になるまで公開しないと決めてしまったら、おそらく何も公開できなくなります。
「大人本」という名前も、考えてみれば随分と大きな名前です。いつの日か胸を張って「大人になった本」に改名できるように、今年も日々勉強を続けながらコツコツ更新していきたいと思います。本年もよろしくお願いします。
新年早々ネタがないので、好きな絵画を紹介します
さて、新年一発目から早速ネタがありません。そこで今日は、私の好きな絵画を一枚紹介してみます。
作者はジュゼッペ・ヴィチェンツィーノ(Giuseppe Vicenzino)。17世紀後半にミラノやロンバルディア地方で活動したとされる画家です。美術史の教科書に必ず登場するような有名画家ではありませんが、以前イタリアのある美術館で彼の作品を見てから、すっかり虜になってしまいました。
特に魅力を感じるのが静物画です。桃、プラム、花、籠、金属器など、ごく日常的な物を描いているにもかかわらず、画面には独特の静けさと重さがあります。後世の印象派のように光を分解して見せるわけでも、現代美術のように概念を前面へ押し出すわけでもありません。ただ果物や花がそこに存在している。それなのに、何百年も前の空気まで閉じ込められているような不思議な存在感があります。
今回紹介する《Still Life with Peaches, Plums and Flowers in Baskets, and Jasmine Flowers on a Gold Charger》は、そのヴィチェンツィーノの静物画です。桃やプラム、籠に入った花、そして金色の器に置かれたジャスミンなどが描かれています。油彩・カンヴァスで、画面寸法は92.5×117cm。額装すると113×136.5cmにもなるので、実物は家庭に飾る絵としてはかなり大きな作品です。
そして面白いことに、この原画は実際にサザビーズのオークションへ出品された作品です。つまり美術館の壁の向こう側にある「絶対に手に入らない名画」ではなく、その気と財力さえあれば個人が購入できた絵なのです。
予想価格を大きく超えて22,500ポンドで落札
サザビーズが提示していた予想落札価格は10,000〜15,000ポンド。それに対して、実際には22,500ポンドという価格が付いています。上限予想をかなり上回っているので、複数の入札者が競ったのでしょうか。オークションの現場を想像すると、それだけでも少し楽しくなります。
仮に当時の記事執筆時点の1ポンド=約155.6円で単純換算すると、22,500ポンドは約350万円です。ただし海外オークションで実際に作品を購入する場合は、ハンマープライスだけを用意すれば良いわけではありません。これに買い手手数料、場合によっては税金、国際輸送費、美術品用の梱包費、保険なども加わります。日本まで安全に運び、自宅へ飾れる状態にするまで考えれば、最終的な支払額はさらに大きくなるでしょう。
それでも、17世紀に実際に画家が筆を入れた原画を個人で所有できると考えると、かなり夢があります。もちろん350万円は簡単に出せる金額ではありません。しかし現代の有名作家や印象派の作品が数億円、数十億円という世界になっていることを考えると、「17世紀イタリア絵画の原画が現実的な価格帯で市場へ出てくる」という事実には驚かされます。
海外オークションのカタログは眺めているだけでも面白い
海外のオークションハウスのカタログを眺めていると、日本の美術史の本や展覧会の図録ではほとんど紹介されない作品が大量に出てきます。誰もが知っている巨匠だけではなく、その周辺で活動していた画家、地域的には評価されていた画家、帰属が研究中の作品なども市場へ現れます。
そしてオークションですから、すべてに値段があります。
美術館では「素晴らしいなぁ」と眺めて終わる作品が、オークションカタログでは「予想価格10,000〜15,000ポンド」と突然現実世界へ引き戻されます。作品の寸法、来歴、保存状態、修復歴なども記載されており、美術品を「鑑賞する対象」だけでなく、「何百年も人から人へ受け継がれてきた物体」として見ることができます。
今回のヴィチェンツィーノについても、サザビーズのコンディションレポートでは、作品全体として状態は良好で、裏打ちは安定している一方、左側背景や葉、花などに散在する補彩が確認されると説明されています。表面を軽くクリーニングすれば、基本的にはそのまま展示できる状態という評価です。
こういう情報まで読むと、単にウェブ上の画像を見ている感覚ではなくなります。「350年前に描かれたキャンバスが現在まで残り、途中で修復され、額装され、今度はサザビーズの会場へ運ばれ、また誰かの家へ移っていく」という物としての歴史が見えてきます。
美術品というものは、作品そのものだけでなく、その作品が生き延びてきた時間まで含めて面白いのだと思います。
いつかサザビーズで原画を買ってみたい
もちろん今すぐサザビーズで17世紀の絵を落札できるような生活をしているわけではありません。しかし海外オークションを見ていると、「美術館で見るしかない」と思っていた世界と、個人が所有できる世界との境界が意外に曖昧であることに気付きます。
モネやゴッホを買うのは現実的ではなくても、美術史の表舞台から少し外れた優れた画家であれば、数百万円という価格で原画が市場へ現れることがあります。それでも十分に高価ですが、自動車や高級時計と比較すれば全く想像できない金額でもありません。しかも購入するのは複製品ではなく、その画家本人が数百年前に実際に筆を入れた世界に一枚しかない作品です。
大人になった暁には、サザビーズやクリスティーズで好きな作家の原画を一度くらい落札してみたいものです。電話やオンラインで入札し、「Congratulations」と言われた後に急に現実へ戻り、請求書を見て青ざめるところまで含めて一度経験してみたいですね。
いつの日か「大人本」が「大人になった本」へ改名される頃には、そんな記事を書けるようになっているかもしれません。今年もそこを目指して、まずはコツコツ勉強していきたいと思います。
Giuseppe Vicenzino
Still Life with Peaches, Plums and Flowers in Baskets, and Jasmine Flowers on a Gold Charger
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項目 |
内容 |
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作者 |
Giuseppe Vicenzino(ジュゼッペ・ヴィチェンツィーノ) |
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活動地域・時代 |
17世紀後半、ミラノおよびロンバルディア地方 |
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技法 |
油彩/カンヴァス |
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作品寸法 |
92.5 × 117cm |
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額装寸法 |
113 × 136.5cm |
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予想落札価格 |
10,000〜15,000 GBP |
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落札価格 |
22,500 GBP |
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オークション |
Sotheby’s, Old Masters, 2020 |