ネタが思い浮かばず、連日お酒の話題になってしまいますが、ふと思い出した夜の出来事を記してみます。
私が通っているのは、雑居ビルの3階にある10席ほどの小さなバー。ある日の深夜11時頃、カウンターで一人トボトボと飲んでいると、夜のお店のお姉さんを連れた上機嫌な一行がやって来て、店内が一気に賑やかになりました。
「あぁ、今日はこういう日か…」と半ばうんざりしながら、氷が溶けきったラガヴーリン16年を啜っていると、その一行は深夜にもかかわらず「シャンパン飲みましょ!」とクラブのようなノリで盛り上がり始めます。連れてきた女性もいるようで、店主の着物姿の女性が「ロゼのモエ・エ・シャンドンしかありませんよ」と言うと、それでも良いと早速開ける流れに。
ところがその男性客が「良ければ皆で飲みましょうよ」と言い出し、私と左にいた3名、さらにはマスターも含めて全員でシャンパンを分け合うことに。750mlの瓶は1杯ずつ注いだらすぐ空になりました。なんとも気前の良い男だなと思っていると、「乾杯!」の合図とともにスルリと飲み干し、「あとはそれぞれ好きにやってくれ」と軽く言い放ちました。
お互い名前も知らないものの常連同士であることは分かり、女性をさっとタクシーで送り出すと、カウンターには男だけが残りました。
その男性は改めて「皆好きに飲んで」と言います。よく分からないまま、しかし気分は悪くないので、こちらもテンションを合わせて数杯飲んでいるうちに、カウンターの一列全員がすっかり出来上がり、明日のことなど忘れる古代ローマ人のような気分になってきました。
羽振りの良いスーツの男性が連れの男にタバコを1本ねだります。ライターすら持っていない様子からして、私と同じく気分が高まった時だけ吸うタイプに見えます。ちょうど私は葉巻を持っていたので、シガーカッターで切り口を作って手渡しました。紫煙が薄暗いカウンターに充満する頃には、全員でまるでロゼのシャンパンのように葉巻を楽しんでいました。
午前様を迎え、始発の時間も近くなると一人、また一人と席を立ち、私も礼をして店を出ようとすると、会計が最初の1杯分しか付いていないのです。これには本当に驚きました。奢りながらも驕らないという、粋な男がいるものだと感心させられました。
今の世の中、「知らない人に奢るのは良くない」「男女でも割り勘が当たり前」という風潮が強い中で、同席した全員に潔く奢る男は、誰が何と言おうと格好良い。そんな大人になってみたいと思ったのです。
そして、お互いの名前も年齢も仕事も知らず、ただカウンターに揃って酒を酌み交わし、悪ガキのようにキューバ産の煙草を回しながら午前まで飲む――こうした文化は日本独特であり、不思議な巡り合わせとしか言いようがありません。(はっしー)
追記…あのバーの個性的な店主と、系列店の話はまたいずれ。


