近年、「転売屋」という言葉はすっかり日常的に使われるようになりました。
SNSでトレンド入りすれば、たいていの場合はネガティブな文脈で語られます。「本当に欲しい人の手に届かない」「高額な値段で売りつける悪質な存在」といった認識が強く、私自身も長い間その意見に共感してきました。
しかし、ここ数年のグッズ市場の動きを見ていると、単純に「悪」として断じきれないグラデーションのような構造が浮かび上がってきます。つまり、転売屋とファンの境目はかつてほど明確ではなく、むしろ同じ土俵の延長線上にいるのではないか、という疑問が強まってきたのです。
本記事では、転売屋という存在がどのように登場し、どのように拡大し、いまやどのようにファンと混じり合っているのかを歴史的に整理しつつ、現代の事例をもとに考察していきます。
転売屋という存在の登場(2008〜2010年頃)
「転売屋」という言葉が一般的に広まったのは2008年から2010年頃だと記憶しています。当時は今のようにSNSが爆発的に普及していたわけではなく、情報のやり取りはブログや掲示板、そしてヤフーオークションといった場が中心でした。
対象となったのは、PS5や任天堂スイッチよりも前の世代、特に任天堂Wiiの本体や人気ソフトでした。全国的に供給量が追いつかず、量販店で行列ができるほどの人気商品だったため、「並んで買ってヤフオクに流せば利益になる」というビジネスチャンスが自然と生まれたのです。

当時の転売屋は、買い集めた商品をオークションに出品して差益を得る。そこには体力勝負の要素もあり、熾烈な競争をくぐり抜けて商品を確保するスキルが必要でした。
対象商品の拡大と市場の多様化
その後10年以上が経ち、転売活動の対象は急速に拡大していきます。ゲーム機やソフトだけでなく、
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アニメやアイドルのグッズ
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化粧品や限定コラボ品
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メンズファッションやスニーカー
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高級時計やカメラ
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ぬいぐるみやフィギュア
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といったあらゆるジャンルが標的となりました。要するに「需要が高く供給が限られているもの」はすべて転売の対象になったのです。
この頃からSNSが本格的に普及し、情報の拡散力が強まったことで「〇〇が完売!」「買えなかった!」といった声がすぐに広まり、転売屋への敵意も同時に強まっていきました。
ネガティブな報道と世間の怒り
SNSやメディアでは、転売活動に関するニュースが相次いで報じられました。例えば最近では、マクドナルドのハッピーセットを大量購入し、子供たちが欲しいキャラクターのおまけを手に入れられなかったという事件が記憶に新しいです。さらに、食事部分を不法に投棄した事例まであり、「社会的な迷惑行為」として非難が集中しました。
こうした報道を目にすれば、多くの人が「転売屋は悪だ」という印象を抱くのは自然です。私自身もその怒りに共感してきました。しかし一方で、近年のキャラクターグッズの販売方式を見ていると、企業側にも大きな問題があるのではないか、と考えるようになりました。
企業側の販売方式とランダム商法の問題
たとえば、先日ニュースになった「ちいかわ Kiramekko Teddy Bear」の例があります。発売元のグレイパーカーサービスは当初、6種類のキャラをランダム封入で単品販売する方式を選びました。つまり「推しのキャラが欲しい」と思っても、購入者は種類を選べず、運任せになってしまうのです。
この方式だと、本来は6種類で済むはずが、12個、15個と買ってもコンプリートできない人が続出します。場合によっては同じキャラが何度も被り、「欲しくないキャラ」ばかりが手元に残ってしまうこともあります。
さらに、ランダム方式の中にはコンプリートBOXの販売が用意されていないケースも多く、消費者は「狙ったキャラを出すまで買い続ける」以外に選択肢がない状況です。これは明らかに企業側が利益を最大化するための仕組みであり、ファンの「推しを揃えたい」という心理を逆手に取ったビジネスモデルだと言えるでしょう。
実際に引くとどれくらいの金額がかかるのか
例えば昨年販売された「ちいかわ うさぎだらけくじ」は、1回につき1,100円(税込)です。賞品はA賞からE賞まで計16種類(例:A賞2種、B賞2種、C賞2種、D賞4種、E賞6種)に分かれており、いわゆる「コンプリート」を目指す場合、相当な試行回数が必要になります。

A賞を狙う場合
A賞は希少度が高く、当選確率は「1%」と公開されています。
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A賞1種を自力で引く期待値:約100回 → 約11万円
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A賞2種をそろえる期待値:約150回 → 約16.5万円
もちろん運が良ければ数万円で揃うこともありますが、逆に200回以上費やすケースもありえます。
全16種コンプリートを目指す場合
確率論的には「クーポンコレクター問題」と呼ばれる計算に近く、重複が増えるほど必要回数が膨らみます。16種類を全てそろえる期待値は、理論的には約197回(約21.6万円)とされています。
ただしこれは平均値であり、実際には「E賞ばかりが重複する」「A賞が極端に出ない」といった偏りが起こるため、30万円を超えてもコンプリートできない人が出る可能性も十分あります。
こうして見ると「数十万円規模の出費」は決して誇張ではなく、構造的に十分起こり得る結果だと分かります。
無駄買いと交換文化、そして転売への流れ
結果として、ファンは望んでいないグッズを大量に抱え込むことになります。もちろんSNS上では「交換文化」があり、ツイッター(現X)などで「○○譲ります、△△求めます」といったやり取りが日常的に行われています。
しかし、知らない人と駅やイベントで直接会ってグッズを交換するのはハードルが高い行為です。そこで、多くの人がメルカリやヤフーオークションといったフリマアプリを利用するようになります。新品のまま出品し、定価より少し高い値段で販売する。これによって買い手は「一発で欲しいキャラを手に入れられる」メリットを享受し、売り手は「無駄に買わされた分を補填できる」という安心を得られます。
市場原理としては、ここで自然な均衡が生まれてしまうのです。
転売屋とファンの境目が溶けていく
このように見ていくと、フリマアプリに出品されているアニメグッズのすべてが「悪質な転売屋」の仕業とは言えません。むしろ「不要なものを買わされ、その損失を埋め合わせたいファン」が多く含まれています。
つまり、「転売屋」と「ファン」の境界線はもはや曖昧になり、グラデーションのようにつながっているのです。
転売屋を一方的に「悪」と断じるのは簡単ですが、問題の根源はより複雑です。
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企業側の販売方式:ランダム性を利用して利益を最大化する手法が、ファンを「不要な購入」に追い込み、結果として転売を誘発しています。
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市場原理の働き:買い手にとっては「多少高くても欲しいものを一発で得られる」メリットがあり、売り手にとっては「損失補填」が可能になるため、フリマ市場で価格が安定してしまいます。
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社会的な認識のズレ:実態としてはファンも転売に関与せざるを得ない状況なのに、表面上は「転売屋=悪」という単純な構図で語られることが多いのです。
これから必要なのは、販売の透明性や選択肢の多様化です。
例えば、全種コンプリートBOXの同時販売、あるいは受注生産方式を広げることで、無駄な重複購入を減らすことができます。企業が短期的利益だけでなく、長期的なファンの信頼を重視すれば、こうした不毛な構造は改善されるでしょう。
転売を減らすには売上原理主義から降りるしかない
転売屋とファンの境目は、もはやくっきりとした線ではありません。
そこには「買わされすぎたファン」「損失を補填したい個人」「効率よく儲けようとする純粋な転売屋」といった人々が混じり合い、グラデーションのように広がっています。
本来なら「推しキャラを手に入れて幸せになる」だけのシンプルな購買体験が、企業の販売戦略や市場の仕組みによって複雑化し、誰もが「転売屋のように振る舞わざるを得ない」場面を生み出しているのです。
だからこそ、私たちが考えるべきは単に「転売屋を叩くこと」ではなく、なぜそうした状況が生まれているのかを冷静に見つめ、構造そのものを改善することなのではないでしょうか。



