近年、日本における若い女性、特に10代から20代前半の女性の間では、ダイエットや「理想の体型」への関心がかつてないほど強まっています。
SNSや動画共有アプリを開けば、驚くほど細いウエストや手足を持つ女性が、まるで人形のようなスタイルで踊ったり、ブランドバッグや高級ホテルを背景に映える写真を投稿していたりするのが日常の光景です。
特にTikTokやInstagramのリール動画の中では、そのようなスタイルがあたかも標準的で理想的だと錯覚してしまうほど大量に流通しており、韓流ブームも相まって、実際にそうしたモデルのような女性を見かけることもあります。

生成AI fireflyにより出力
しかし、BMI値ではそれらの女性は「標準体重」を大きく下回っており、WHOの基準で「痩せすぎ」に分類されることがほとんどです。つまり、世間から「太っている」と指をさされる人の多くが、医学的にはむしろ健康的で標準的な体型であるケースも少なくないのです。
それでもなお、「もっと痩せたい」「人形のような体になりたい」と願う女性は後を絶ちません。健康的に見える減量では満足できず、極端な食事制限や無理なダイエットに走る人も多いのが現状です。
特に夏はお腹を見せるような服装も流行しているため、「(自分だけ脂肪がついていて)友人と同じコーディネートができない」と精神性な大きなストレスにもなっている女性も少なくありません。
急速に注目を集める「マンジャロダイエット」
そうした背景のなかで近年注目を浴びているのが、「マンジャロダイエット」と呼ばれる手法です。
マンジャロ(一般名:チルゼパチド)は、アメリカや日本で承認されている2型糖尿病治療薬です。週1回の自己注射によって血糖値をコントロールし、食欲を抑制する効果があるため、糖尿病治療薬としては非常に優れた成績を示しています。
しかし近年では、この「食欲抑制効果」と「体重減少作用」に着目して、肥満症や美容目的のダイエット薬として流用されるケースが増えているのです。特にSNSで「痩せ薬」として広まったことから、若い女性の間で「短期間で楽に痩せられる薬」として一種の流行現象になっています。
「痩せ薬」と誤解されやすい背景
マンジャロが注目される理由の一つに、「医薬品である」という信頼感があります。
覚醒剤や違法薬物とは異なり、米国FDAや日本の厚生労働省が承認している「れっきとした医薬品」であるため、「安全性が高い」と誤解されやすいのです。実際に日本でも糖尿病治療薬として医師が処方できる薬剤であり、自由診療を掲げるクリニックでは「ダイエット目的での利用」として簡単に入手できる仕組みが整ってしまっています。

とある医療法人のページ
特に最近では、オンライン診療と通販を組み合わせる方法が増えており、わずかな問診票の記入だけで処方され、医療機関と提携する法人から薬が直送されるケースも存在します。利用者側からすれば「簡単に買える痩せ薬」と感じやすいわけです。
マンジャロの本来の位置づけ
しかし、本来のマンジャロの適応症は「2型糖尿病」に限定されています。

出典元:https://www.mt-pharma.co.jp/news/2023/MTPC230612.html
この薬の作用機序は特殊で、GLP-1受容体とGIP受容体という2種類のインクレチン受容体に同時に作用します。これにより、
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インスリン分泌を促進し、血糖値を下げる
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グルカゴン分泌を抑制し、糖新生を抑える
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胃排出を遅らせ、満腹感を持続させる
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食欲を抑制し、摂取カロリーを減らす
といった効果を発揮します。
結果的に糖尿病患者では血糖コントロールが改善され、肥満患者においては大幅な体重減少(15〜20%程度)につながることが大規模臨床試験で確認されています。
この「強力な体重減少効果」が話題を呼び、健康な女性までもが「痩せ薬」として利用し始めてしまったのです。
法制度の“スキマ”を利用した流通
ここで重要なのは、なぜ糖尿病患者以外に処方できてしまうのかという点です。
日本の医療制度では、医師の裁量によって「適応外使用」と呼ばれる形で、本来の承認適応症以外に薬を使うことが可能です。患者の利益に資すると医師が判断すれば、説明と同意を前提に処方できてしまうのです。

また、オンライン診療の制度拡大により、対面診察なしでも処方箋を発行できるケースが増えてきました。加えて、ECサイトや一般社団法人が「通販部門」として決済を担い、提携クリニックが「医療行為」として診療・処方を行う二層構造によって、法制度上は一応“合法”的に薬をユーザーの手元へ届けられる仕組みが出来上がっています。
この二重構造は、フェキソフェナジン(アレグラ)などの一般的な薬をオンラインで繰り返し購入する場合には便利ですが、マンジャロのように本来想定されていない用途に使う場合には大きなリスクを伴います。
健康リスクと依存性の問題
ここで見過ごせないのが、健常者がダイエット目的でマンジャロを使用したときに起こりうる健康リスクです。
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低血糖:本来は高血糖の人のための薬なので、正常な血糖値の人に使えば危険な低血糖を招く可能性があります。
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胃腸障害:吐き気、下痢、便秘、胃もたれなどは非常に多い副作用です。
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胆石・膵炎・がんリスク:長期使用による臓器リスクも指摘されています。
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依存性:食欲抑制効果に依存し、薬なしでは体重維持が困難になるケースがあり、服用をやめたときのリバウンドが激しく、結果的に中毒的な利用に陥りやすいです。
さらに、こうした適応外利用は医薬品副作用救済制度の対象外となる可能性が高く、万が一副作用で重篤な健康被害が生じても、公的な補償は受けられない場合があります。
依存とリバウンドのメカニズム
マンジャロをダイエット目的で利用する際に特に問題視されるのが、「依存」と「リバウンド」です。
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依存のステップ
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食欲が抑えられ、体重がみるみる減る → 強い成功体験
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薬をやめると強い食欲が戻る → 不安感
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もう一度痩せたいと再開 → 依存的利用
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リバウンドのメカニズム
長期使用により筋肉量が落ち、基礎代謝が低下 → 薬をやめると同じ食事量でも急激に体重増加 → 「やめたら太る」という悪循環
この繰り返しは摂食障害にもつながり、心理的ストレスを増大させます。結果として「やめられない薬」になりやすいのが、マンジャロを美容目的で使う大きな危険性です。
マンジャロ vs アライ ― 効果とリスク比較
似たようなダイエットの目的の薬でも、認可されている比較的安全なアライという薬もあります。こちらは血糖値をコントロールするのではなく、油の吸収を阻害する薬です。
処方箋または薬剤師によるカウンセリングが必要な薬です。
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項目 |
マンジャロ(チルゼパチド) |
アライ(オルリスタット) |
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作用機序 |
GLP-1受容体+GIP受容体作動薬インスリン分泌促進、食欲抑制、胃排出遅延 |
腸管リパーゼ阻害摂取脂肪の約25〜30%を吸収させず便に排出 |
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投与方法 |
週1回皮下注射 |
経口薬(食事中または直後に内服) |
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承認適応(日本) |
2型糖尿病のみ(肥満症は未承認) |
2024年承認・発売要指導医薬品として薬局で販売(内臓脂肪・腹囲減少の改善目的) |
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体重減少効果 |
非糖尿病肥満症の臨床試験で平均15〜20%減少 |
平均5〜10%程度の減少(効果は緩やか) |
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主な副作用 |
・悪心・嘔吐・下痢・便秘・低血糖(健常者では特にリスク)・胆石、膵炎、まれに腫瘍リスク |
・脂肪便、下痢、便失禁・脂溶性ビタミン欠乏(A・D・E・K)・まれに肝障害・腎障害 |
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全身作用 |
血糖・食欲中枢・消化管など全身に影響 |
腸管局所作用のみ(血中移行ほぼなし) |
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安全性 |
効果は強力だが副作用・制度リスク大きい |
全身副作用は少なく比較的安全(ただし消化器症状は多い) |
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依存・リバウンド |
中止すると強い食欲が戻りリバウンドが多い |
中止でリバウンドするが依存性は低い |
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費用 |
日本では自由診療:月3〜10万円 |
日本での目安:18カプセル(6日分)2,530円/90カプセル(30日分)8,800円(税込)(薬局による) |
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副作用救済制度 |
肥満症目的は未承認 → 対象外 |
国内承認薬のため副作用救済制度の対象(ただし条件あり) |
この比較から分かるように、マンジャロは「強力に痩せるがリスクも大きい薬」、アライは「効果は控えめだが安全性が高い薬」と言えます。美容目的の利用では、アライの方が副作用のリスクが限定的で、比較的安心して使えると考えられます。
健康的に痩せるための考え方
ここまで見てきたように、マンジャロを美容目的で利用することは、強力な効果と引き換えに多大なリスクを抱える行為です。
健康的に痩せたいと考えるのであれば、まず以下のような生活習慣の改善を優先することが推奨されます。
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食事改善:糖質や脂質を適度に抑え、たんぱく質・食物繊維を増やす
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運動習慣:無理のない有酸素運動と筋トレを組み合わせ、基礎代謝を維持
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睡眠の質向上:睡眠不足は食欲ホルモン(グレリン)を増やし、太りやすくなります
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ストレス管理:過食やドカ食いの原因となる心理的要因をコントロールする
これらは一見地味ですが、長期的に見ると薬に頼らずリバウンドしにくい「持続可能なダイエット」につながります。
まとめ ― 強力な薬に潜むリスク
マンジャロは確かに「痩せる薬」であり、医学的にも糖尿病や肥満治療に革命をもたらす可能性を秘めています。しかし、健康な若い女性が美容目的で安易に使用すれば、低血糖、臓器障害、依存、リバウンドといった深刻な問題を引き起こすリスクがあります。
本来、医薬品は「必要な人に必要な量を投与する」ことが大原則です。マンジャロを安易に「痩せ薬」として使うことは、その原則から大きく外れており、長期的に見て自分の体を傷つける行為になりかねません。
美の基準が多様化しつつある現代だからこそ、「ただ細ければいい」という価値観にとらわれず、健康を最優先にしたダイエットを選択することが求められています。



