コスモス祭りと深谷との出会い
先日、埼玉県深谷市で開催されていたコスモスまつりに行ってきました。秋の柔らかな日差しの中、一面に咲くコスモスと、夜には打ち上げられる花火。少し珍しい秋のお祭りで、どこか懐かしさのある雰囲気が漂っていました。
私は以前から深谷市のマスコット「ふっかちゃん」が好きで、グッズを買い集めていたのですが、その日もつい応援グッズを手に取り、ふっかちゃんを通して感じる「深谷」という街の温かさに、改めて惹かれてしまいました。

そして、立ち寄った道の駅で、思いがけない出会いがありました。
それが、かの有名な深谷ねぎです。
道の駅で出会った“本場の深谷ねぎ”
深谷ねぎの存在はもちろん知っていましたが、実はこれまで食べたことはありませんでした。

せっかくだからと、道の駅の食堂で「にぼうとう」と「深谷ねぎの天ぷら」を注文してみることにしました。ひと口食べた瞬間「これがネギ……?」と思うほどの甘さと香り。

衣の中からとろりと溶け出すような柔らかさで、苦味やえぐみは一切なく、まるで野菜というより果実のような自然の甘みが広がりました。そのおいしさに感動し、帰り際に売店で思わず生のねぎを購入してしまいました。
深谷ねぎにも種類がある
売り場を見渡すと、深谷ねぎとひと口にいってもいくつかの品種が並んでいました。
-
大地の響き
-
なべちゃんゴールド
-
ホワイトスター

どれも「深谷ねぎ」として売られていますが、実は少しずつ性格が異なります。緑の部分が長く、煮物や鍋に向いたもの。白い部分が太くて焼きねぎに最適なもの。生でも使える万能型のもの。
今回はその中から、どんな料理にも使いやすいホワイトスター系を選びました。3本で280円。見た目も立派で、つややかに白く光っています。

まずはシンプルに味わってみる
帰宅して冷蔵庫を見ると、ちょうど鶏むね肉がありました。「これはシンプルに食べてみよう」と思い、スライスしたねぎを鶏肉にたっぷりのせ、塩とごま油を少しかけて口に運びました。

包丁を入れているときから感じていたのですが、切った瞬間に立ちのぼる香りがとにかく上品で爽やか。まるでバジルやレモングラスのようなハーブ系の香りがほんのり漂い、「これがネギ?」と笑ってしまうほど。さらに、生のまま食べても刺激がほとんどない。
えぐみも辛味も抑えられており、水にさらさなくてもそのまま食べられる。どちらかというと軽い酸味と清涼感があり、口の中でスッと抜ける爽やかさ。静岡に住んでいた私にとっては、これは衝撃でした。
静岡のねぎと深谷のねぎ ― 味の根本的な違い
静岡にも優れた農家がたくさんあり、片手間でどこの農家もねぎを育てていました。採れたてはもちろん香ばしくておいしい。けれど、今回の深谷ねぎを食べたとき、明らかに「質が違う」と感じました。
静岡のねぎは全体的に辛味と香ばしさがあり、どこか「ドライ」でキレのある印象。焼くと最高に香ばしいのですが、生で食べると刺激が強く、水でさらす必要があります。
一方で、深谷ねぎ特にホワイトスターは、生でも甘く、香りが立つのに辛くない。焼くと急にとろけ、煮ると甘みが倍増し、鍋や味噌汁に入れると香りが湯気とともにふわりと広がる。
その「柔らかくて華やかな香り」は、静岡のねぎではなかなか出会えないものでした。
なぜこんなに違うのか? ― 品種と科学の話
調べてみると、その理由は大きく分けて3つあることがわかりました。
① 遺伝的な違い ― 甘くて爽やかな香りを作る設計
深谷ねぎの主流である「ホワイトスター」などの交配種は、硫化アリル(辛味成分)を抑え、代わりにリナロールやシトラールなど“青い香り”を残すように設計されています。
つまり「辛くないのに香る」という不思議なバランスは、すでに品種のDNA段階で作りこまれているのです。これが生でもおいしく、ハーブのように感じる理由の一つです。
② 土壌の違い ― 粘土質の奇跡
静岡の土は、火山性の「黒ボク土」です。軽くて通気性が良く、水はけも抜群。
トマトやお茶などには理想的ですが、ねぎにとっては少し乾きすぎる傾向があります。一方、深谷市一帯の畑は関東ローム層の下に、三万年前の利根川や荒川の粘土質の堆積層があります。
この“重い土”がねぎには最高の環境で、
-
水分を長く保持できる
-
養分が逃げにくい
-
根がゆっくり成長して糖をため込む
という特性があります。
だからこそ、えぐみが少なく、甘くとろけるような深谷ねぎが育つのです。
③ 気候と技術 ― 土寄せと寒暖差の芸術
もうひとつ見逃せないのが、深谷農家の「土寄せ」技術です。ねぎを育てる過程で、何度も何度も土を盛り上げて白い部分(軟白部)を伸ばす。
これを5~6回も繰り返すことで、太く長い白ねぎが生まれます。そして深谷の冬は寒暖差が大きい。昼間は10度を超えても、夜は氷点下になる。
この気温差が植物にストレスを与え、糖分を溜め込ませるのです。結果として、加熱すると甘みが爆発するという特徴が生まれます。

テロワール(風土)が生む味の芸術
深谷ねぎを食べていて感じたのは、これは単なる「野菜」ではなく、土地そのものの味だということです。ワインの世界でいう「テロワール」。まさにそれと同じ考え方が、この一本のねぎにも宿っています。
土壌のミネラル、冬の寒暖差、農家の手仕事、そして品種の進化、そのすべてが重なって、あの独特の“とろりと甘く爽やかな香り”を形作っているのです。

セイタカアワダチソウ
常識を覆す一本のねぎ
最近では業務スーパーなどで中国産の格安のネギが販売されていて、関税撤廃などで当たり前のように中国ネギが流通していますし、飲食店で使われているネギもそのようなネギだったりします。
もちろん一概に中国のネギが悪いわけではなく、コストを抑えてネギを購入できるのはありがたい存在ではありますが、私からするとこのように国内でこれだけ優れたネギが栽培されていて、愛されていて流通しているので、わざわざ外国から船を使って取り寄せなくても、このような素晴らしいネギを見つけたら、率先して購入していきたいと思います。
今回、深谷でねぎを食べて心から驚きました。「ネギって、こんなに香りが美しく、味が繊細な野菜だったのか」と。静岡で育ち、日常的にねぎを見てきた私にとって、深谷ねぎはまさに野菜の芸術品のようでした。
生で食べても美味しく、焼けば甘く、煮てもとろける。そしてその香りは、どこかハーブのように涼やかで澄んでいました。たった3本のねぎが、私に「風土の味」「品種の力」「職人の技」を教えてくれた気がします。


