
前編では、M3の乗り心地やスポーツ性能などを紹介してきました。
後半では実際に購入すると必要になってくる維持費や実用性について紹介していきます。
高性能は高コストの裏返し
F80 M3を実際に所有してみて、最初に感じたのは「これは普通の車ではない」ということでした。
これはスポーツカーでは避けて通れない部分ですが、F80は特にパーツがM専用設計のため、3シリーズとは根本的に価格が違います。たとえば、ブレーキまわり。
私の車は標準のスチールブレーキですが、それでも純正パッド前後で約12万円前後(OEMで6万円)、ローターを含めると40万円近くかかります。
もしMカーボンセラミックブレーキ仕様(オプションで約100万円)を選んでいた場合、ローター1枚で約80万円、4輪総額で350万円近くという“スーパーカー級”のコストになります。
カーボンセラミックブレーキの場合は、パッドだけで前後20万円以上します。ローターまで一式交換した場合、国産ファミリーカーが新車で購入できそうな価格です。

タイヤは19インチの純正ダブルスポークスタイリング437Mであれば255/35ZR19と275/35ZR19になるので、ミシュランのパイロットスポーツ5であれば、4本で約20〜30万円になります。ディーラー交換ですと、約35〜40万円近いかもしれません。
バッテリーも同様です。
F80 M3は軽量化のためにリチウムイオンバッテリー(約25〜30万円)を採用しています。
一般的な鉛バッテリーとは異なり、突然寿命が来る特性があるため、点検は必須です。
社外品も一応あるにはあるのですが、ディーラーで純正品に交換すると安くても25万円以上の費用がかかります。

私の車もテスターで計測してもらったところ状態は良好でしたが、「いつか突然死の可能性はある」と言われました。つまり、メカ的には丈夫でも、電装系もまた繊細な存在なのです。
修理費と消耗品の現実
10年落ちのF80は、すでに各部に経年劣化が見え始めています。
たとえば、サスペンションのダンパーは新品時ほどの張りがなくなり、走行距離が5〜6万kmを超えるとリフレッシュを検討する時期に入ります。
ディーラーで純正交換を行うと一式で40〜60万円程度、社外のKWやオーリンズを選べばやや安くなるものの、それでも30〜40万円以上の出費です。
エンジンオイルやプラグも頻繁に交換が必要で、Mモデル用の純正オイルは1回で約2万円前後。これを1年に1〜2回行うとなると、普通車の倍はかかる計算です。
ブレーキフルードやデフオイル、DCTフルードなどもこまめにメンテしておく必要があり、長く乗るほど「小さな出費が積み重なっていく」タイプの車といえるでしょう。DCTフルードは公式では「交換不要」とアナウンスしていますが、6〜10万キロで交換するユーザーも多いようです。

経年劣化で出る“F80特有の症状”
F80 M3でよく話題になるのは次のような項目です。
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ドライブシャフトやエンジンマウントのヘタリ(振動や音が増す)
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インテークホースの劣化(吸気漏れやアイドリング不安定)
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サスペンションブッシュの割れ(異音やハンドリング悪化)
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室内のビビリ音やプラスチックの収縮(特にダッシュボード周辺)
これらはF80に限らず、高性能車の宿命でもあります。
特にM3はボディ剛性が高いため、わずかな遊びや劣化も音として現れやすいです。
私の車両でも内装のビビリ音は出てきているのですが、昔乗っていたRX-7と比べれば小鳥のさえずりほどしかしないので、受け入れています。
中古市場の相場は?
中古市場でF80 M3は特別な位置にあります。新車時の価格は約1100〜1300万円。
それから10年近く経つにもかかわらず、現在の中古価格は400〜700万円台。
特に2019年の最終型や低走行車は、600〜700万円台でも売買されているほどです。
この価格維持率は異常ともいえます。
理由は単純で、後継のG80 M3が大きくなりすぎたためです。
多くのMファンが「最後のピュアなM3はF80」と評価し、いま再評価が進んでいます。結果として、中古価格が底を打ち、むしろ上がり始めている傾向すらあります。
ただし、安価な個体にはそれなりの理由があります。走行距離が10万kmを超えていたり、DCTやタービンに持病が出ていたり、社外改造が施されていたり怪しい車両も存在します。
10万キロぎりぎりの車両でも400万円近いことを考えると、追金を100万円出してでも、せめて5〜6万キロ程度の車両を選ぶのが良いかと思います。
もし購入を検討するなら、「整備履歴が明確な個体」を最優先に選ぶことを強くおすすめします。
600万円程度の予算であれば、走行距離が2〜3万キロの程度の良い車両も残っているので、リフレッシュ前提でのベース車両にすれば、かなり良いと思います。


M3を“日常車”として使うという選択
私はこの車を、いわゆる「セカンドカー」ではなく日常の足として使っています。そう聞くと驚かれるかもしれませんが、実はM3はとても実用的です。
後席は広く、身長180cmの大人が二人乗っても窮屈さを感じません。
トランクも十分な容量があり、19インチタイヤ4本を積めるほど。さらにISOFIX対応のチャイルドシート固定金具まで付いています。
前オーナーが家族持ちだったのか、私の車の後席中央にはチャイルドシートの跡が残っていました。「子育てをしながらM3に乗る」という現実的なライフスタイルが、そこには確かに存在していたのです。そう思うと、M3という車の懐の深さを感じます。
見た目は3シリーズ。しかし、アクセルをひと踏みすればフェラーリにも迫る加速を見せる。普段は家族の足として、休日はサーキットでも走れる。この“二面性”こそがM3という車の最大の魅力です。
ラグジュアリーBMWとの対比、640iとの比較
以前所有していた640iは、まさに「長距離ツアラー」の理想形でした。1000kmの旅でも疲れず、静粛で上質。今思い出しても素晴らしいBMWです。


しかし、M3に乗り換えてからは、“静けさ”よりも“鼓動”を感じるようになりました。
F80は、あらゆる刺激を乗り手に伝えてきます。
タイヤのうねり、路面のザラつき、エンジンの熱。
そのすべてが運転の一部となり、まるでトレーニングマシンに乗っているかのようです。
私はここ半年ほど筋トレに本格的に取り組んでいるのですが、このM3は“身体が出来ていないと疲れる車”です。それほどまでに、運転者にフィジカルな体験を要求してくる。「運転している実感」とは、まさにこの感覚を指すのだと思います。
640iに乗っていた頃は、美食三昧で怠惰な生活をして贅肉もついていました。
今は、M3を乗りこなすためにストイックに体を鍛え、腹筋も割れてきました。
“M3″を所有する意味
F80 M3は、決して万人向けの車ではありません。
静かで優しい車を求める人には不向きです。
ただ、「駆け抜ける喜び」を日常に取り戻したい人には、これ以上の車はないと思います。
高速道路での加速時に感じる伸び、峠での切れ味、そして信号待ちのエンジン音。そのすべてがドライバーの五感を刺激し、日常を非日常に変えてくれます。
私は静岡BMWに長年お世話になってきたのですが、ディーラーのショールームである”洗脳”を受けました。2015年または2016年頃に車検やメンテナンスに行くと、店内ではコーヒーが出ながら、このCMが無限ループしていました。

似たような他の車種のCMも流れるのですが、この時期のBMWのCMは最後に必ず「てーてててッ!」と駆け抜ける喜びを脳に刷り込んできます。
もともとBMWの洗礼を受けていた私は、コーヒーを飲みながら20〜30回この動画を見せられて「いつかはM3…」「いつかはM4…」「いつかはM3…」「いつかはM4…」と、脳裏に刷り込まれたことは間違いがないでしょう。
終わりに──F80は「最後の純粋なM」
現行のG80 M3は、48V電装化や4WD化、電子制御の進化により、さらに速く、さらに安全になりました。ニュルブルクリンクを安全に高速で走りつつ、大型モニターで映画を楽しむこともできます。
しかしその一方で、F80にはもう存在しない“アナログの荒々しさ”があります。
それは人間の感覚に訴える、機械としての誠実さです。

もし、あなたが「スポーツカーの楽しさ」を日常に取り戻したいなら、そして「クルマと一緒に生きていく感覚」を味わいたいなら、F80 M3は間違いなく、その答えのひとつです。
F80 M3を所有していると、まるで「自分が毎日スポーツカーに乗っている」実感と、「日常を破らずに走る快感」の両方を手にできます。
そして私は、9年前に憧れたその車に今乗っている。エンジンをかけるたび、あのときの試乗の日の感覚がよみがえります。

BMW M3(F80)主要スペック(簡略版)
|
車名/型式 |
BMW M3 セダン(F80) |
駆動方式 |
FR(後輪駆動) |
|---|---|---|---|
|
全長×全幅×全高 |
4685×1875×1430mm |
ホイールベース |
2810mm |
|
車両重量 |
1640kg |
乗車定員 |
5名 |
|
エンジン型式 |
S55B30A |
排気量 |
2979cc |
|
最高出力 |
431ps/7300rpm |
最大トルク |
56.1kgm/1850–5500rpm |
|
エンジン形式 |
直列6気筒DOHCツインターボ |
圧縮比 |
10.2 |
|
トランスミッション |
7速DCT(デュアルクラッチ) |
最終減速比 |
3.462 |
|
燃費(JC08) |
12.2km/L |
燃料タンク容量 |
60L |
|
タイヤ(前/後) |
255/40ZR18 / 275/40ZR18 |
最小回転半径 |
5.9m |
|
サスペンション(前) |
ダブルジョイント・ストラット |
サスペンション(後) |
5リンク |
|
ブレーキ(前/後) |
ベンチレーテッドディスク |
燃料 |
無鉛プレミアムガソリン |


