今どきの清里はどうなのか

旅行・海外事情
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皆さんは清里に訪れたことがありますか。
清里高原は山梨県北杜市にある標高約1400mの八ヶ岳エリアに位置するリゾート地で、新宿から特急で2時間ほどとアクセスも良く、清里駅を起点に、テラスや牧場、ガーデン、グルメ、アクティビティまで幅広く楽しめる場所です。

現在は落ち着いた高原リゾートという印象が強いですが、あえて「今どうなのか」という視点で見ていくと、この場所の持つ独特な歴史と現在の姿がよりはっきり見えてきます。

バブル期の熱狂と、その後の変化

清里は1980年代後半に大きなブームを経験しています。「山の上の原宿」と言われるほど若者文化の中心となり、ペンションや雑貨店、タレントショップが乱立し、1975年に約87万人だった観光客が1989年には254万人にまで増加したとも言われています。

しかし1990年代のバブル崩壊とともに状況は一変し、多くの店舗が閉店し、しばらくは“寂れた観光地”という印象が残る時期が続きました。

※このマップは現在でも「ミルクポット」で販売されています。1980年当時の地図です。

私自身も2000年前後に訪れた際は、営業していない店が目立ち、どこか静かな空気が流れていた記憶があります。ただ、その中でも萌木の村のようなエリアは当時から比較的賑わっており、場所によって温度差があるのも特徴的でした。

2011年当時よく行っていたGreenCafe

清里の原点と、ポール・ラッシュと安池興男の役割

こうしたブームの話だけでなく、少し歴史を遡ると、清里の成り立ちはさらに古く、戦前から戦後にかけての開拓の歴史に行き着きます。

もともとこの一帯は標高が高く、農業には厳しい寒冷地で、人が定住して発展するには難しい環境でした。1930年代頃から徐々に開拓が進み、戦後にはダム建設などの影響で移住してきた人々が増え、本格的に地域として形づくられていきます。

その中で大きな役割を果たしたのが、アメリカ人のポール・ラッシュです。彼は1940年代後半からこの地に関わり、単なる観光地開発ではなく、酪農や教育を中心とした「自立できる農村」の構築を目指しました。特にジャージー牛の導入や、1947年頃から整備が進められた清泉寮の存在は、その象徴とも言えるものです。

そして、その理念を現実の形として支えたのが、日本人の実務者たちでした。中でも静岡市出身の農業技術者・安池興男氏は、開拓民への農業指導や生活基盤の整備に深く関わり、厳しい環境の中で地域が成り立つよう尽力しました。ポール・ラッシュが理想や方向性を示し、日本人が現場でそれを実行していくという構図によって、清里は単なる開発地ではなく、実際に人が暮らし続けられる土地として成立していきます。

このように清里は、1930年代の開拓、1940年代以降の農村再建という段階を経て基盤が作られ、その後の観光地化、さらにはバブル期のブームへとつながっていきました。現在に残る牧場文化や教育施設、そしてどこか落ち着いた雰囲気は、こうした長い時間をかけた積み重ねの結果であり、この土地の背景を理解するうえで欠かせない要素だと感じます。

その象徴のひとつの「megane」

今回久しぶりに訪れて感じたのは、清里は完全に復活したというよりも、「再生の途中にある場所」だということでした。荒れた土地に、新しい花が少しずつ咲いているような、そんな印象に近いです。

その象徴のひとつが、パン工房レストランのmeganeです。実は私はこのお店に昔から何度か通っていて、当時はかなりコンパクトで、どちらかというと“知っている人が行く小さなお店”という印象でした。それが今回訪れてみると、建物はきれいに改装され、空間も大きく広がり、さらに庭まで整備されていて、まったく別の場所のように感じられるほど進化していました。

このお店は、東京で経験を積んだオーナーが清里に移住して開いた店で、単なる観光客向けではなく、料理や空間そのものをしっかり作り込んだ“目的地になる店”として成立しています。こうした店舗が生まれていること自体が、今の清里が単なる復活ではなく、新しい形に再構築されている途中であることを象徴しているように感じました。

点在する変化と、今の清里の魅力

全体として見ると、昔から続いていた店舗が静かに姿を消していく一方で、新しく魅力的な店がぽつぽつと増えているという、不思議なバランスの状態にあります。例えばミルクポットのように、かつての建物を活かしながらリニューアルして営業している場所もあり、過去と現在が混ざり合っている感覚があります。

以前は風化が進み、外観もかなり傷んでいたミルクポットですが、約3年前に現在のオーナーが再びお店を開き、大きく手を入れてリニューアルされました。外観は当時の面影をそのまま残しつつ丁寧に塗装し直されており、遠目には昔と変わらない姿に見える一方で、内部はしっかりと整えられ、清潔感のある空間へと生まれ変わっています。まさに“記憶を残したまま現代に再構築された建物”という印象で、訪れた際も多くの人で賑わっていました。

印象的だったのは、その場にいる人たちの世代の幅広さです。私が訪れた時には、80代くらいのおばあさんがソフトクリームを食べながら「こんなところに40年ぶりに来た」と話していて、おそらく最後に訪れたのは昭和の時代だったのだと思います。そのすぐ近くでは、平成生まれ、あるいは2005年以降に生まれたような若い女性たちが「レトロでかわいい」と純粋に楽しんでいる様子もありました。

同じ場所で、過去を懐かしむ人と、初めての体験として新鮮に楽しむ人が同時に存在している。この光景こそが、今の清里を象徴しているように感じられ、単なる観光地の再生とは違う、時間が重なり合っているような独特の魅力を強く印象づけていました。

例えばミルクポットのように、かつての建物を活かしながらリニューアルして営業している場所もあり、過去と現在が混ざり合っている感覚があります。

また、ROCKのように火災を乗り越えて再建された店や、萌木の村のようにエリアとして継続的に更新されている場所もあり、完全に新しくなったわけではないものの、確実に新しい風は入ってきています。

2011年7月11日撮影

2026年5月2日撮影

清里はかつてのような派手なブームの場所ではありませんが、その分、落ち着いて楽しめる場所としての魅力が際立っています。歴史を知った上で訪れると、この土地が歩んできた変化そのものが体験として感じられ、単なる観光以上の面白さがある場所だと改めて感じました。

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