海外旅行で高級ブランドの商品を買った経験がある人なら、「タックスリファンド」という言葉を一度は聞いたことがあるでしょう。フランスやイタリアなどで商品を購入し、帰国前に空港や国境の税関で輸出確認を受け、その後に付加価値税の一部が返金される仕組みです。
一方、日本の免税制度は、これまで欧州とは大きく異なる方式を採用してきました。外国人旅行者が免税店でパスポートを提示すると、購入時点で消費税を課さずに商品を購入できます。購入者は一度税金を支払い、出国時に商品の持ち出し確認を受けてから返金してもらうのではありません。商品が本当に国外へ持ち出されたかを最終確認する前に、店頭で免税販売が成立していました。
この違いは、旅行者にとっては便利です。しかし同時に、日本国内での転売や第三者による代理購入など、不正利用が生じやすい構造でもありました。
実際、日本政府も免税購入品の国内横流しなどを問題視し、2026年11月1日から制度を抜本的に変更します。今後は、外国人旅行者も購入時には消費税を含む金額を支払い、出国時に税関で商品の国外持ち出しが確認された後、店舗などから消費税相当額の返金を受ける「リファンド方式」に移行します。
なぜ日本は制度を変更する必要があったのでしょうか。現行制度の問題点と、欧州型のリファンド方式が持つ意味を考えてみます。

日本の制度は「タックスリファンド」ではなく購入時免税だった
まず、言葉を正確に整理する必要があります。
日本の現行制度は、厳密には購入後の「税金還付」ではありません。一定の要件を満たす外国人旅行者に対して、輸出されることを前提に、店頭で消費税を課さずに販売する制度です。
たとえば、税抜価格10万円の商品は、通常であれば消費税を含めて11万円になります。外国人旅行者が免税で購入すると、支払額は10万円です。
このとき「10%引き」と表現されることがありますが、税込価格11万円から見た値引き額は1万円なので、実際の減額率は約9.09%です。
11万円-10万円=1万円
1万円÷11万円=約9.09%
したがって、「日本では商品が一律10%値引きされる」という説明は厳密には正しくありません。税抜価格に対して10%の消費税が課されなくなるため、税込価格から見ると約9.09%安くなる仕組みです。
ただし、問題の本質は割引率ではありません。商品の国外持ち出しを確認する前に、税負担がなくなる点にあります。
欧州では出国時の輸出確認が制度の核心になっている

フランスやイタリアなどでは、EU域外に居住する旅行者が一定の条件を満たす商品を購入し、EU域外へ持ち出す場合にVATの還付を受けられます。しかし、購入時にパスポートを提示しただけで、最終的な免税が確定するわけではありません。
旅行者は店舗で免税書類を受け取り、EUから出国する際に税関や専用端末で輸出確認を受けます。必要に応じて、パスポート、搭乗券、購入時の書類、対象商品そのものを提示します。商品を提示できず、国外へ持ち出すことが確認できなければ、原則として還付は受けられません。
制度上重視されているのは、「外国人が購入した」という事実だけではありません。その商品が実際に国外へ輸出されたかどうかです。
付加価値税の免除は、外国人という身分に対する特典ではなく、国内で消費されず国外へ持ち出される商品だから認められるものです。この仕組みであれば、外国人旅行者が商品を購入しても、現地居住者に渡したり、国内で転売したりすれば、VAT還付の条件を満たしません。
日本の現行制度は、この最も重要な「国外持ち出しの確認」が免税販売より後に置かれていたため、制度上の弱点を抱えていました。
VAT20%でも、購入額の20%が返金されるわけではない
フランスの標準VAT税率は20%ですが、税込価格の20%がそのまま旅行者へ返金されるわけではありません。
税抜価格100ユーロの商品に20%のVATが加わると、税込価格は120ユーロです。この120ユーロに含まれる税額は20ユーロなので、税込価格に対する税額の割合は約16.67%です。
さらに、実際の還付では店舗やリファンド事業者の手数料が差し引かれることがあり、旅行者が受け取る金額は購入額の12~14%程度になる場合があります。還付率は一律ではなく、利用する事業者や返金方法によって変わります。
日本の購入時免税方式には、このような還付手数料や後日の返金処理がなく、その場で消費税分を支払わずに済むという利便性がありました。しかし、その便利さが不正利用の余地にもつながっていました。
購入時免税は、第三者による代理購入を誘発しやすい
現行制度で大きな問題となるのが、外国人旅行者の資格を利用した代理購入です。
たとえば、日本に住む人が、来日した外国人の友人や知人に高額商品を購入してもらうケースを考えてみます。外国人旅行者が免税店でパスポートを提示し、消費税を支払わずに商品を購入します。その後、商品を日本国内の依頼者へ渡し、依頼者が旅行者に商品代金と謝礼を支払います。
仮に税込110万円の商品であれば、税抜価格は100万円です。免税購入によって10万円の消費税負担がなくなります。旅行者に1万円の謝礼を渡したとしても、日本の依頼者は通常価格より9万円安く商品を取得できる計算です。
もちろん、このような取引は免税制度の趣旨に反します。免税品は国外へ持ち出すことを前提としており、日本国内で第三者へ譲渡したり、転売したりするために購入するものではありません。
しかし、購入時点で消費税を支払わなくてよい制度では、商品がその後どこへ移動したのかを追跡しなければなりません。外国人旅行者が商品を購入した直後に国内居住者へ渡してしまえば、店頭ではそれを把握できません。
特に問題になりやすいのが、換金性の高い商品です。高級時計、ブランドバッグ、貴金属、宝飾品、化粧品、医薬品、家電製品などは、日本国内で再販売しやすく、商品によっては中古市場でも大きく値下がりしません。
たとえばロレックスなどの人気時計は、モデルや市況によっては新品価格を上回る価格で流通することもあります。免税価格で購入できれば、通常の国内購入より低い原価で商品を仕入れられるため、転売益をさらに大きくできます。
この問題は、単なる「外国人旅行者に割引を与えすぎている」という話ではありません。消費税を支払って商品を仕入れる正規の国内事業者と、免税制度を利用して商品を調達する転売者との間に、約9%前後の仕入れ価格差が生まれることを意味します。
制度を適正に利用する事業者が、税制を悪用した転売者と競争させられるため、公平な市場競争という点でも問題があります。

日本で実際に問題になった免税品の国内横流し
日本では免税購入情報を電子的に記録し、国税庁へ送信する仕組みが導入されてきました。税関は出国時に、旅行者がどのような免税品を購入したのかを確認できます。
しかし、問題は、出国時にはすでに免税販売が完了していることです。
旅行者が商品を持たずに出国しようとした場合、本来であれば免除されていた消費税を徴収する必要があります。しかし、商品がすでに日本国内の第三者へ渡されていれば、商品そのものを回収することはできません。
また、空港では多数の旅行者が限られた時間内に出国します。すべての免税購入者について、購入記録と実物を一件ずつ照合し、商品がなければその場で税額を計算して徴収することには、運用上の限界があります。
高額な免税品を大量に購入した旅行者が、商品を所持せずに出国しようとする事例も問題になりました。税関が納税を求めても、本人が支払えない、あるいは十分な徴収手続きを行う前に出国時間が迫るといった問題が生じます。
つまり、日本の従来制度は、「まず免税にして、違反があれば後から徴収する」という仕組みでした。
しかし、一度商品が国内で横流しされ、購入者本人も国外へ出てしまえば、消費税を確実に回収することは困難です。不正利用を防止する制度としては、税金を先に免除するのではなく、商品の国外持ち出しを確認した後に返金する方が合理的です。
なぜ日本は最初から欧州方式にしなかったのか
日本の購入時免税方式には、政策上の利点もありました。
旅行者にとっては、空港で返金手続きを行う必要がありません。店舗でパスポートを提示すれば、その場で免税価格によって購入できます。免税書類を持ち歩いたり、空港で商品を提示したり、カードへの返金を待ったりする必要もありません。
店舗側にとっても、外国人旅行者に購入を促しやすい制度でした。店頭で価格がすぐに安くなるため、免税によるメリットが分かりやすく、百貨店、家電量販店、ドラッグストア、ブランド店などのインバウンド売上拡大につながりました。
日本が訪日外国人旅行者の増加とインバウンド消費の拡大を重視していた時期には、この手続きの簡便さは大きな強みでした。
一方、欧州方式のように購入時に税込価格を支払い、出国時に還付する仕組みにすると、旅行者は一時的に税額を負担しなければなりません。空港での手続きや返金の待ち時間も生じます。店舗にとっても、免税販売の訴求力が弱くなる可能性があります。
日本は、不正防止よりも旅行者と店舗の利便性を優先した制度を選んでいたといえます。
しかし、訪日客数と免税売上が拡大し、高級時計や貴金属、ブランド品などの高額購入が増えるにつれて、購入時免税方式の弱点が無視できなくなりました。
免税制度は、外国人旅行者に対する単なる優遇制度ではありません。商品が日本国内で消費されず、国外へ輸出されることを前提として、国内消費に対する消費税を免除する制度です。
そう考えると、商品の国外持ち出しを確認する前に免税を確定させる従来方式には、制度上の無理があったといえます。
2026年11月から日本もリファンド方式へ
こうした問題を受け、日本では2026年11月1日から、外国人旅行者向け免税制度がリファンド方式へ変更されます。
新制度では、外国人旅行者も商品を購入する際には、消費税を含む通常価格を支払います。その後、出国時に税関でパスポートや購入情報を確認し、必要に応じて購入した商品そのものを提示します。
税関によって商品が実際に日本国外へ持ち出されることが確認された後、店舗または免税手続きを担当する事業者から、消費税相当額が旅行者へ返金されます。
この方式では、外国人旅行者が免税対象の商品を日本国内の友人や転売業者へ渡してしまった場合、出国時に商品を提示できません。商品の国外持ち出しが確認されなければ、消費税相当額の返金も受けられません。
先ほどの税込110万円の商品であれば、旅行者は購入時に110万円を支払います。その後、商品を国内の第三者へ渡してしまえば、出国時の確認を受けられず、10万円相当の税額は返金されません。
これにより、外国人旅行者へ謝礼を支払い、代理購入を依頼することで消費税分を浮かせる仕組みは成立しにくくなります。国内転売を目的とした免税購入についても、利益の源泉だった消費税相当額を受け取れなくなります。
従来の日本方式は、旅行者が商品を国外へ持ち出すことを前提として、先に免税を認める制度でした。新しいリファンド方式は、商品が国外へ持ち出されたという事実を確認してから、免税を確定する制度です。
手続きの利便性は多少低下しますが、輸出される商品だけを免税にするという本来の原則に沿った制度へ変わることになります。