2012年、初めてBMWを買った
私が初めてBMWを購入したのは2012年でした。
まだ20代前半で、選んだのは中古のE92 320iです。当時のE92に惹かれた理由は、何よりそのデザインでした。
日本車にはなかなか見られなかった低く流麗なクーペスタイル、フロントからリアへ滑らかにつながるキャラクターライン、余計なものを付け足さずに成立している端正な造形。今見ても極端な古さを感じさせず、当時スポーツカーが好きだった心を奪うには十分すぎるデザインでした。

ちょうど中古車が市場に増え始めた時期でもあり、BMW認定中古車でも250万円前後から狙えるようになっていました。
当時の私にとって250万円はもちろん大きなお金でしたが、ローンを組めば現実的に届く価格でもあり、ディーラーへ見に行ったつもりが、気が付けば契約していました。320iに搭載されていた2.0L直列4気筒も悪いエンジンではありません。
上まできれいに吹け上がり、ドイツ車らしい精密さを感じさせるエンジンでした。

ただ、それ以前にRX-7 FD3Sやカワサキの大型バイクなどに乗っていたので、やはりパワーが物足りませんでした。それでもE92には、それを補って余りある魅力がありました。まずシャシーが素晴らしい。ボディがしっかりしていて、段差やコーナーで余計に揺れたり捻れたりせず、サスペンションもシャープで、ステアリングを切った方向へ車体がそのまま動いていくような感覚があります。結局320iには約1年しか乗りませんでしたが、その間に2万kmほど走り、E92という車の基本的な良さはかなり濃密に体験したと思います。

335i N54で「これ以上はいらない」と思った
320iに乗り始めて1年ほど経った頃、同じディーラーの担当者からE92 335i Mスポーツを紹介されました。走行距離は3万kmほどで、前期型のN54ツインターボと6速ATを組み合わせたモデルです。試乗してすぐに、320iで感じていた不満がすべて解消されたように思いました。低回転から非常に厚いトルクがあり、アクセルを踏めば踏んだだけ必要な力を取り出せる。後ろから蹴られるような加速感があるのに、直列6気筒らしい滑らかさや音のバランスも崩れていませんでした。
N54の面白さは、低回転だけのエンジンではないことです。例えばディーゼルエンジンのように、低回転では力強いものの、回転を上げるほどトルク感が薄れて音だけが大きくなるタイプではありません。N54は低回転から十分な力を持ちながら、そのままレッドゾーン付近まで滑らかに回り、高回転側でもまだパワーが続いているように感じられます。大排気量NAのような自然さがあり、「ターボなのに高回転まで回したくなる」という不思議な魅力がありました。

私にとっては、これが理想的なスポーツカーのエンジンでした。街中では2000~3000rpm程度でも十分速く、必要になれば高回転まで楽しめる。唯一、6速ATだけは少しマイルドでした。変速そのものは悪くありませんが、今のDCTのようにパシッと瞬時につながるものではなく、わずかに丸められた感触があります。それでも当時は、この335iを「自分にとってほぼ完璧な車」だと思っていました。後に私が約4万km、さらに家族が10万km近く乗り、最終的には総走行距離16万kmを超えて売却することになります。それだけ長く付き合えた車でした。
N55+DCTの335iカブリオレは、同じ名前でも別の車だった
その後には後期型の335iカブリオレにも乗りました。こちらはN55とDCTの組み合わせです。同じ335iという名前でも、N54+6ATとはかなり性格が違いました。DCTは非常に優秀で、変速速度も直結感も一気に現代的になりましたが、エンジンの印象はむしろ穏やかです。速度自体はしっかり出るのに、N54で感じていた「低回転から後ろに蹴り飛ばされる」ような力感は薄く、もっと軽く回るエンジンに感じました。

どこかNAスポーツカーに近いフィーリングで、アクセル操作に対して回転がきれいについてきます。コントロールしやすく、気持ちの良いエンジンなのですが、「パワーがある」という感覚が少し弱くなりました。
またカブリオレだったため、クーペほどボディ全体がガチッと包み込まれる感覚はなく、わずかにマイルドです。

ただし、このE93のメタルトップは本当に素晴らしい設計でした。
閉じているとクーペのように美しく、晴れた日には完全なオープンカーになる。
布屋根ではなく、車体の造形そのものを崩さずにコンバーチブルを成立させていたことには、今でもBMWのデザインと技術力を感じます。
当然、ハードトップ収納時にはトランク容量を大きく使ってしまいます。それでも後席を荷物置き場として使えるため、常に4人で移動するのでなければ実用上はそれほど困りませんでした。E9X世代には、単純な性能だけではなく、こうした「ちょっとやりすぎなくらい凝った設計」がまだ残っていたように思います。

15年間残っていた「E9X M3に乗っていない」という心残り
その後、家族が所有していたE60 M5を何度か借りたり、F13 640iクーペを5年ほど所有し、現在はF80 M3に乗っています。M2やM6などF世代のMモデルを富士スピードウェイの試乗イベントで運転したこともありますし、G80 M3にもBMWの試乗車で乗りました。それでも2012年以来、ずっと一つだけ心残りだったのがE9X世代のM3です。

5~6年前には個人間カーシェアのAnycaで借りようとしたこともありましたが、タイミングが合わないまま時間だけが過ぎ、貸し出している個体も徐々に減っていきました。現在ではE90やE92のM3を気軽にレンタルできる場所はかなり限られています。さすがにそろそろ乗っておかないと、本当に乗れなくなるかもしれない。そう思い、今回ようやくレンタルしました。

もちろん、1日乗っただけの感想と、実際に購入して数年間所有した評価は同じではありません。
また今回の個体は新車からかなり年月が経ち、走行距離も17万kmを超えていました。各部の経年劣化もあり、新車時のE92 M3そのものを評価したとは言えません。それでも、15年間頭の中に残っていた「E9X M3とは何だったのか」という問いに対して、自分なりの答えを得るには十分な体験でした。
S65 V8は、街中では驚くほど普通だった
乗って最初に驚いたのは、低速トルクの細さでした。私の中ではE92 M3は信じられないほど速い車というイメージがあったのですが、確かに速いことは間違いないものの、その速さは明確に高回転側にあります。F80 M3の感覚で3000rpm程度まで回して早めにシフトしていくと、驚くほど普通です。街中の発進では、回転をきちんと使わないと前を走る軽自動車についていくのにも意外と忙しく感じます。
もちろんS65は回すことを前提としたエンジンです。そこを理解して1速、2速、3速と回転を上げていけば速いのですが、1速や2速で回してもそれほど気持ち良いとは感じませんでした。回転数だけがすぐ上がり、音も熱も増え、変速が忙しくなるからです。買い物へ行ったり、家族を送迎したり、病院へ送り届けたりするたびに、常にエンジンを回して走りたいわけではありません。その意味では、E92 M3は日常に自然に馴染むM3というより、特別な日に乗りたくなるM3でした。
ところが、高速道路などで3速や4速をしっかり使い、回転を上げていくと印象が一変します。回転が高くなるほど滑らかになり、ある領域を越えると車が自分の操作より先へ滑るように飛び出していく。言葉にすると少し大袈裟ですが、「ワープするような感覚」としか表現しにくい領域があります。昔FD3Sで真冬にロータリーをレッドゾーン近くまで回した時にも似た感覚がありました。振動や機械の存在感が一つにまとまり、エンジンと車体が調和して、ただ滑らかに速度だけが増えていく。S65には確かに、その唯一無二のゾーンがあります。
ただし、その領域を日本の公道で使うのは簡単ではありません。本当に気持ちよくなる速度レンジが高すぎるからです。アウトバーンの近くに住んでいたり、頻繁にサーキットへ行く人なら最高でしょう。しかし東京近郊で生活し、普通の移動にも車を使うには、このエンジンの一番おいしいところを一年のうち何度使えるのだろう、と考えてしまいました。

写真はありませんが、9月中旬にも関わらずボンネットからはエンジンの熱気と湯気で視界が揺れていました。発熱は凄まじいかもしれません。
滑らかなのに「情報量が多い」V8
S65そのものは非常に滑らかなエンジンです。ザラザラしているわけでも、加速にムラがあるわけでもありません。それなのに少し「情報量が多い」と感じました。例えるなら、非常に丁寧に作られた濃いコンソメのようなもので、雑味はないのに味が凝縮されています。V8らしい音、排気量感、回転の密度、高回転へ向かう緊張感が一度に入ってくるからだと思います。
以前乗ったE60 M5のS85 V10では、さらにそれが極端でした。回転を上げるほどエンジンの存在が壮大になり、レッドゾーンへ近づくと、まるで飛行機のような轟音とともに重い車体が前へ押し出されていきます。普通に街を走っているだけでも「これは特別なエンジンを積んだ特別な車です」と絶えず主張してくるような感覚がありました。S65もそこまで極端ではありませんが、やはり似た種類の特別感があります。
何カ月、何年と乗れば、その濃さも身体に馴染んでいくのかもしれません。しかし今回乗った限りでは、私はN54、N55、そして現在のS55のような3L直列6気筒の方が自分には合っていると感じました。軽く、滑らかで、必要十分以上の低速トルクがあり、それでいてエンジンそのものが車全体を支配しすぎない。E92 M3を実際に運転したことで、逆に自分がBMWの直6をどれほど好きなのかが分かった気がします。
車重を感じさせないシャシーと、非常にクリーンなステアリング
一方、シャシーについてはほとんど文句がありません。スペック表だけを見ると「E92 M3は重い」と語られることもありますが、少なくとも街中や高速道路で車重を意識することはほぼありませんでした。狭い道でもクイックに動き、4L V8をフロントに積んでいるとは思えないほど鼻先が自然に入ります。フロントが重い、でっかいエンジンを抱えている、といった感覚はありませんでした。
ステアリングも非常に素晴らしいです。ニュートラルで、ピュアで、クリーン。現在乗っているF80 M3より、操舵入力と車体の反応の間にある濁りが一枚少ないように感じます。ただし、これをもって「史上最高のステアリング」とまでは言いません。昔所有していたFD3Sはさらに直接的で、AW11 MR2まで行くともっとカートに近く、車体そのものがクルッと回るような感覚があります。まだ乗っていないアルピーヌやケータハムなら、さらに直接的なものもあるでしょう。
結局、何をもってハンドリングが良いとするかは人によって違います。ただ、現代的な乗用車の延長線上にあるスポーツカーとして考えれば、E92 M3のステアリングは非常に上質です。遅延が少なく、路面状況が読みやすく、切った方向へ車体が自然についてくる。またサスペンションもF80より滑らかで、段差を越えてもゴトゴトと逐一報告してこない。逆に今のF80は非常にタイトで、リアの細かな動きまで逐一ドライバーへ伝えてくるような情報量があります。E92は情報が少ないのではなく、余分なノイズがきれいに整理されているという印象でした。
内装は、意外にも320iの方が好きだった
少し残念だったのは内装です。私は長い間、E92 M3の室内を非常に格好いいと思っていました。しかし今の感覚で見ると、カーボン調のインテリアトリムには少し時代を感じました。

今回の個体は経年劣化もあり、内装の表面に傷みやベタつきも見られたため、新車同然の車なら印象は違ったかもしれません。
それでもF80のカーボンインテリアや全体のデザインに慣れてしまった今では、iDriveやスイッチ類を含めて少し古さを感じてしまいました。

むしろ、最初に乗ったE92 320iのナビなし内装の方が今でも好きです。iDrive用の大きな張り出しがないためダッシュボードが一直線につながり、そのラインに沿って美しい木目のパネルが配置されていました。無垢材のような表情を持つ突板が横方向に流れ、液晶画面に邪魔されることなく、クーペらしい静かなエレガンスがあります。今の巨大ディスプレイ中心の内装とは正反対です。
後期型になるとiDriveなどの世代も新しくなるため、そこは前期と後期でかなり印象が変わるでしょう。今回の一台だけでE9X M3すべての内装を断定するつもりはありません。それでも、内装だけを選ぶなら、M3より昔のナビなし320iを選ぶと思います。
335iのシャシーに、特別すぎるエンジンを載せた車
今回乗って最も面白かったのは、シャシーや着座位置、ボディの基本感覚には確かに335iとの共通性があるのに、S65を載せた瞬間にまったく別の車になることでした。私の感覚では、どこかマセラティ・クーペやグランスポーツに近い官能的な高回転エンジンを少し穏やかにし、それを335i的な理解しやすいシャシーへ載せたような雰囲気があります。
以前、家族が所有していたマセラティ・クーペ、グランスポーツ、クアトロポルテなどを何度も運転させてもらいました。フェラーリ系のエンジン、ピニンファリーナのデザイン、音、加速、どれも素晴らしいのですが、いつも「なぜ少し先の信号まで行くだけなのに、こんなに大袈裟である必要があるのだろう」と半分面白がっていました。時速40kmにも達していないのに、エンジンもミッションも「さあ、今からレースが始まります」と言わんばかりに主張してくる。その特別感は数年に一度なら最高ですが、毎日となると少し疲れます。
E92 M3にも、その方向の特別感があります。もちろんマセラティほど極端ではなく、シャシーはBMWらしく非常に整理されています。それでもエンジンを回すたびに「いま特別な車に乗っている」というイベントが始まる。そこまで毎回大きな演出がなくてもいいのかもしれません。

15年越しに分かった、私にとってのBMW
2012年からずっと心に残っていたE9X M3へ、ようやく乗ることができました。憧れが間違っていたわけではありません。むしろ実際に乗ったことで、この車がなぜ現在でも高く評価され、BMW M史上最高の一台だと言う人までいるのかはよく分かりました。高回転NA V8、クリーンなステアリング、重さを感じさせないシャシー、そのすべてが非常に高いレベルで成立しています。
しかし同時に、これは誰にでも向くM3ではないとも思いました。乗り手が車に特別なものを求めるだけではなく、車の側も乗り手に特別なものを要求します。低回転で漫然と走るだけでは魅力の半分も出てこない。きちんと回し、速度を乗せ、S65のおいしい領域へ入れて初めて、この車がなぜ特別なのかが分かります。
一方、私自身はE92 335iを長く乗り、後期335iにも乗り、E60 M5やF13 640iを経験し、現在はF80 M3に乗っています。そうした経験を経た今だからこそ、BMWに対して、3L直6、低回転から使える厚いトルク、リア駆動らしい分かりやすさ、限界までの距離を伝えてくれるシャシー、そして日常でも普通に使えるGT的な余裕を求めているのだと分かりました。
もし2012年の私がE92 M3へ乗っていたら、「BMW史上最高のBMWだ」と書いていたかもしれません。しかし15年後の今、ようやく乗ったからこそ、別の答えが出ました。E92 M3は間違いなく素晴らしい車です。それでも、私にとってのBMWの中心には、昔のE92 335iや現在のF80 M3がいる。長年の心残りだったE9X M3に実際に乗り、そのことまで含めて納得できたのが、今回一番大きな収穫でした。