コラム

(ネタバレ有り)『Tシャツが乾くまで』を見て気になった”自由”と”責任”

※最終回までのネタバレを含みます。既に全て見た方向けの感想です。

『Tシャツが乾くまで』を最終回まで見ました。
映像はきれいでしたし、蒼井優さん、松山ケンイチさん、中島歩さん、夏帆さんの演技も自然で、こういう人たちが本当にどこかで生活していそうな雰囲気があります。

スピッツの主題歌「見知らぬ糸」も作品によく合っていました。
ストーリーについては前半と後半でかなり印象が変わりました。

第1話、第2話あたりが一番面白かった

私が一番面白かったのは、やはり前半です。バス事故に巻き込まれた瀬尾咲子の夫・充が行方不明になり、同じバスに乗っていた園田樹生の妻・あずさは亡くなっている。では、なぜ充だけがいないのか。最初はかなりミステリー的な話だと思っていました。

実は生きていて、事故について何か重大なことを知ってしまったのではないか。警察には言えない事情があり、一人で何かを調べているのではないか。この時間帯のドラマなので、本格的な犯罪ものにはならないだろうと思いながらも、「なぜ消えたんだろう」という部分にはかなり引っ張られました。

さらに充とあずさが以前から会っていたことが分かり、二人が一緒にいる姿がほかの人の動画に偶然映り込んでいたりします。不倫なのか、それとも別の理由があるのか。普通の日常の中に少しずつ違和感が入ってくる感じは良く、前半は普通に続きが気になりました。

あとから「実はこうでした」が多かった

話が進むにつれて気になったのが、「実はこういう事情でした」という情報の出し方です。後から意外な事実が分かること自体はドラマでは普通ですし、人にはいろいろな面があるというのも、この作品のテーマなのでしょう。

ただ、私は途中から少し疲れてしまいました。伏線がつながって「ああ、だからこうだったのか」となるより、そのたびに人物の前提が追加されていく感じが強かったからです。

充とあずさの関係が見えてきたと思ったら、今度は充には以前から突然いなくなる「失踪癖」があることが分かる。さらに終盤では、咲子にも充と出会う以前に何度も結婚と離婚をしていた過去が明かされます。

一つひとつなら面白いのですが、「今度はこちら側から見てください」「実はこちらにも事情がありました」が何度も続くので、途中から「また後から何か出てくるのかな」と思いながら見るようになってしまいました。

充の失踪には、最後まで納得できない

特に充については、事情が分かってもあまり納得できませんでした。すべての人間関係から離れたい、何もかもリセットしたくなるという気持ち自体は分かりますし、実際にそういう人もいると思います。

ただ、突然いなくなれば、残された側は事故なのか事件なのか、生きているのか死んでいるのかも分かりません。充には喫茶店もあり、仕事もあり、周囲で生活している人もいます。

本人にとっては「少し一人になりたい」でも、その自由のために残った人が不安や仕事を引き受けることになります。失踪癖があると分かったときも、私は「そういう人だったのか」より、「周りは大変だろうな」という方が先に来ました。

自由な生き方はいいけど、責任はどこへ?

今の時代、昔ながらの結婚観に合わせる必要はないです。男性が家の主人で、女性が家庭を守り、結婚して子どもを持つのが当然という昔の価値観へ戻る必要もないと思っています。

結婚しないパートナーがいてもいいですし、事実婚でもいい。同性同士のカップルでもいいですし、当事者同士が納得しているなら、一般的な夫婦とは違う形の関係があってもいいと思います。

だから、このドラマが「夫婦だから一緒にいなければならないのか」「関係には必ず名前が必要なのか」と問いかけること自体には違和感がありません。ただ、自由になることの良い部分に比べて、その後に発生する責任はかなり軽く描かれているように感じました。

人と一緒に生活していると、恋愛とは別に面倒なことがたくさん出てきます。家、お金、仕事、病気、子ども、介護、相続、老後。そして最後には死もあります。結婚していれば全部解決するわけではありませんが、結婚という名前を外したからといって、こうした問題までなくなるわけではありません。

30歳の自由と、70歳の自由は違う

例えば充がいなくなり、咲子が一人で家に残っている間に倒れたらどうするのか。逆に充がどこかで病気になったら誰に連絡が行くのか。家や店、お金、契約はどうするのか。

もちろんドラマなので、住宅ローンや税金の話を細かく描いてほしいわけではありません。ただ、夫婦や家族という大きなテーマを扱うなら、その形を外したあとに何が起きるのかも、少し見たかったです。

20代や30代なら、「結婚しなくてもいい」「必要なときだけ一緒にいればいい」という関係も成立しやすいと思います。では50歳、60歳、70歳になったらどうするのか。片方が病気になったら。介護が必要になったら。自分で治療について判断できなくなったら。

人間はずっと若いままではありません。自由な関係の気楽さだけを見ると、少し都合が良すぎるようにも感じました。

人が死ぬ話だからこそ、重くてもよかった

もう一つ気になったのが、死の扱いです。この物語は最初から、あずさが突然亡くなるところから始まります。夫と子どもを残して一人の人が急にいなくなる。それだけで残された家族の生活は大きく変わるはずです。

人が死ぬというのは、悲しいという感情だけでは終わりません。仕事もありますし、子どもがいれば生活も続きます。家やお金、契約、相続など、現実には細かなことが大量に残ります。

私は、このドラマがかなり重いところから始まった割に、後半は少し軽くなったように感じました。「夫婦という形にこだわらなくてもいい」「それぞれ自由に生きてもいい」という方向へ進む一方、その自由の後始末を誰がするのかというところは、あまり描かれません。

自分の人生を考えても、ここまで生きてこられたのは自分一人の力ではありません。子どもの頃は誰かが食事を用意し、病院へ連れていき、お金を払い、さまざまな面倒を見てくれています。それは愛情であると同時に、責任でもあると思います。

自由に生きることと、誰に対しても責任を持たないことは、やはり同じではありません。

なんとも言えない感想

映像はきれいでしたし、キャストの芝居も最後まで自然でした。音楽や美術を含め、作品全体の雰囲気もよくまとまっていたと思います。特に前半の、普通の日常なのに何かがおかしいという空気は良く、第1話、第2話あたりは続きが楽しみでした。

ただ、後半になるほど人物の事情が次々と追加され、私は少しずつ話から距離ができてしまいました。誰か一人を悪者にしない作りなのは分かるのですが、それが続くと、逆に「結局みんなかなり自由にやっているな」と見えてしまうところもあります。

家族の形は一つではありません。結婚しなくてもいいですし、一度結婚したからといって一生その形を続ける必要もないと思います。ただ、人と関わって生きていく以上、相手に対する責任まで完全になくすことはできません。

『Tシャツが乾くまで』を見終わって私に一番残ったのは、「新しい家族の形っていいよね」ということよりも、「関係に名前がなくてもいい。でも、責任までなくなるわけではないよね」という感覚でした。

そこまで描かれていたら、私はもう少しこの作品の後半に入り込めた気がします。

https://www.tbs.co.jp/tshirt_ga_kawakumade_tbs/