4本の白ワインを通して体験した“生き物の領域”
Meursault 1er Cru Les Charmes 2019
Charles Van Canneyt(シャルル・ヴァン・カネイ)
柚子やレモンを思わせる柑橘系の香り。
日数が経っていたためか酸化のニュアンスが強く、酸味はやや荒め。それでもミネラル感はとても良く、まるでアンガス産の岩塩を舐めているような印象がある。ピンクソルトの雰囲気すらよぎる存在感。
Bâtard Montrachet 2019
Domaine Thomas Morey(ドメーヌ・トマ・モレ)
エレガントで香りはバニラ寄り。しかし未知の世界というほどではない。
樽を強めに主張させているため、優れた一級ピュリニーの方が滋味深く感じる場面もありそうだ。
正直「これがバタールです」と言われると納得しきれない。
もしグラスでどちらにしますか?と聞かれたら、シャルロパンのシャブリ・プルミエ・クリュを選びたくなる。
香りは綺麗だが、味わいが単調で、量の多いレストランのコース料理のように変化が乏しい。
Chevalier Montrachet Grand Cru 2018
Domaine Bouchard Père & Fils(ドメーヌ・ブシャール・ペール・エ・フィス)
余韻がとにかく長い。桁が違う。
酸味も角もすべて溶け込み、一体化した立体感。
香りはカボスと溶かしバターが揺れて混じり合い、今のコンディションではトマ・モレをはるかに凌ぐ出来。
残量は同程度でも、こちらは角が一切ない。
ミケランジェロの彫刻のように、余計な脂肪も筋肉もない造形美で、そこに何かを足す必要がまったく見えないほど完成されている。
味わいは料理と合わせられる余地を持ちつつも、突出した個性の押し付けがなく、すべてが融合している。
鮮やかすぎることもなく、邪魔をする要素もない完璧な均衡。
Le Montrachet Grand Cru 2008
Louis Jadot(ルイ・ジャド)
グラスを近づけた瞬間に「成長する植物の香り」という言葉が浮かんだ。
ワインから“動くもの”が飛び出してきたような感覚を覚えたのは、ラトゥール1989以来。
生き物が呼吸している。
その合間を私が両手で掻き分け、奥へと覗き込んでいるような感覚に陥る。
美味しい、美味しくないを超えた、生き物の領域。
枝豆の畑に分け入る夏の匂い。
茄子やトマト、胡瓜ではなく、豆の房、棘が痛いほど新鮮な豆の香り。
あんのん芋、炊き立ての小豆、栗。芋や栗のような甘く深いコクの香りが続く。
その中に国産パプリカの酸味と甘味。
野菜が総合演出した劇を見ているようで、やや大納言のような大きい豆の香りが優勢。
フルーツや花は感じ取れない。
飲むのが怖いと思った。
安価なワインで「葡萄が死んでいる」と形容することがあるが、その対極。
植物の呼吸が見えるようで、畏怖に近い感情が湧いた。
古い年代だという認識はまったくなく、嫌な酸味や苦味も皆無。
圧倒的な質感で、まだ自分の経験値がこの領域に踏み込む段階ではないのかもしれないと感じさせられた。
今回の4種類を通して強く感じたのは、特級(グラン・クリュ)に入った瞬間に景色が一変するということだ。ピュリニー・モンラッシェやシャサーニュ・モンラッシェの一級と比較しても、そこにはまったく別物と言っていいほどの存在感があり、“格”という言葉だけでは説明できない何かがある。
バタール・モンラッシェは今回はやや抑えめで、控えた表情を見せていたが、ブシャール・ペール・エ・フィスのシュヴァリエ・モンラッシェは別格だった。一般的にブシャールは“初心者向け”という印象を持たれがちだが、今回の一本は買い付けではなく自社畑(ドメーヌ)のブドウで造られたもの。作風は明らかにワンランク上で、その完成度はむしろ上級者ほど驚くはずである。
ルイ・ジャドについても、スーパーで見かけるカジュアルなブルゴーニュのイメージとはまったく異なる。今回のモンラッシェは、買い付けでも大量生産でもなく、一族が極わずかだけ造る最上級ライン。1本10万円を超えるクラスであり、その魂の注ぎ込み方は、トップの醸造家が責任を持って仕上げたことが容易に想像できる。実際その品質は、ドメーヌ・ルフレーヴやラモネと正面から比較しても、決して劣るどころか、むしろ特別なモンラッシェの香りと雰囲気を深く体現していた。
特級モンラッシェという世界が、単なる“高級ワイン”ではなく、造り手の歴史や哲学、畑への敬意まで含んだ総合芸術であることを改めて思い知らされる経験だった。


