最近、日本酒の劣化をテーマにした投稿がSNSなどで話題になりました。特に注目されたのが、日本酒のキャップの扱い方です。写真付きで「キャップ裏の金属部分に触れないことが重要」「テーブルに置かないほうがよい」といった点が紹介され、日本酒専門店の方々も、キャップの汚染が液体の品質に影響を与えるリスクについて言及していました。
あくまでも酒屋目線での個人的な経験ですが…
キャップをテーブルに直置きして汚染されてるかもなのに、混ぜるためなのかボトルを一回ひっくり返してから注ぐ動作する店やスタッフが意外にも多くて「うわ汚ねぇなぁ」と思ってたんです… https://t.co/9oOl16TgvY
— 土井優慶@日本一お客様に近い酒屋 土井商店の社長 (@4th_sakedoi) January 14, 2026
一見すると神経質に感じられる話ですが、実はこれには明確な理由があります。
日本酒は“無菌状態”から始まる飲み物
日本酒は、製造過程で基本的に火入れが行われ、ほぼ無菌状態でボトリングされます。つまり、瓶の中は非常にクリーンな環境です。ただし、キャップを開けた瞬間から、空気中に存在する微量な微生物や細菌が、理論上は液体に触れることになります。
もっとも、その程度であれば、アルコール度数15%前後という条件によって、菌の増殖はある程度抑えられます。問題になるのは、キャップ裏を指で触ってしまったり、机の上に直接置いてしまったりするケースです。皮膚に存在する常在菌などがまとまって付着すると、状況は変わってきます。

栄養が豊富な日本酒は、微生物にとって“住みやすい”
日本酒は米を原料とするため、糖分、アミノ酸、ビタミン類が豊富です。さらにpHは4.2〜4.7程度で、条件次第では微生物が増えやすい液体と言えます。無菌に近い状態だからこそ、そこに一気に菌が入り込むと、内部で増殖しやすい環境が整ってしまいます。
その結果、吟醸香のような繊細な香り成分が影響を受け、翌日以降に香りが急に落ちたように感じられることがあります。もちろん、2〜3日で飲めなくなるほどの深刻な汚染になるケースは多くありませんが、「香りが変わった」「本来のニュアンスが失われた」と感じやすいのが日本酒の特徴です。
ワインが劣化しにくい理由は、環境そのものにある
一方、ワイン、特に赤ワインが比較的劣化しにくいのには理由があります。まずpHが低く、赤ワインでは3.2〜3.6程度が一般的です。この時点で、日本酒に比べると多くの雑菌が増殖しにくい環境になっています。

さらに、赤ワインにはタンニンやポリフェノールが含まれており、これらには抗菌作用や抗酸化作用があります。完全な殺菌状態ではありませんが、外部から入ってきた微生物が急激に増える条件ではありません。
加えて、ワインは製造過程そのものが微生物との共存を前提としています。アルコール発酵、マロラクティック発酵を経た後、酸・アルコール・フェノール類が組み合わさり、微生物にとってはかなり厳しい生態環境が出来上がります。そのため、コルクを手で触ったり、液体表面に一瞬指が触れたりしても、日本酒のように翌日急激な香り劣化が起こることはあまりありません。
ワインの劣化は「汚染」よりも「酸化」
ワインも決して汚染されないわけではありません。ただ、仮に微生物が入り込んだとしても、増えにくく、変化が穏やかです。実際に問題になるのは、微生物汚染よりも酸化による変化であることがほとんどです。果実香が抜ける、色調が変わるといった現象が代表的です。
そのため、骨格のしっかりしたボルドーワインなどであれば、開栓後に何度も開け閉めしながら、冷蔵せず冬場の常温で1〜2週間かけて飲んでも、急激に香りが崩れることはあまりありません。

同じ度数でも、酒の“性格”はまったく違う
このように、栄養学や細胞生物学的に見ていくと、日本酒とワインはアルコール度数こそ似ていても、その性質は大きく異なります。日本酒は非常に繊細で、清潔さが味と香りに直結する酒。一方ワインは、微生物と共に作られ、変化を前提に設計された酒です。
こうした違いを理解すると、キャップの扱い一つ、保存の仕方一つにも、それぞれ合理的な理由があることが見えてきます。


