私はずっと、地方と都心でレストランの味が大きく違うことについて悩んできました。
「なぜこんなに違うのか」「自分の舌がおかしいのか」「東京は人が多いのに、どうして当たり外れが激しいのか」。しかし最近になって、やっとこの違いの“構造”が見えてきました。
結論から言うと、「都会の方が美味しい」「田舎の方が美味しい」という話ではありません。
そもそも戦っているステージが違う、ということです。
私は静岡市に長く住んでいました。静岡市には美味しいイタリア料理店がたくさんあります。
そして東京には、旅行やイベントで時々行く程度でした。そのときに入るお店がことごとくマズくて正直、20代の頃の私は「地方のイタリア料理店の方が美味しい」と思い込んでいました。
でも今は言えます。これは半分正解で、半分間違いです。
静岡と東京の違いは、味覚の問題というより「人口」「賃料」「客層」「需要」「回転率」「仕入れ」「人件費」「そしてワイン環境」まで含めた、複合的な構造の違いです。
(※カバー写真はフィレンツェの”Osteria Pastella“です。)
私が20代で勘違いした理由:東京で“安い土俵”を踏んでいた
私が静岡市に住んでいた頃、静岡には本当に美味しいイタリアンが多くありました。
それに慣れた状態で東京に旅行やイベントで行って、ふらっと入るイタリアンが美味しくない。これが何度も続きました。
当時の私は単純に「東京って期待したほど美味しくないんだな」「むしろ静岡の方が美味しい」と思ったのですが、今ならはっきり分かります。私は東京で、“安い・入りやすい・駅近”の店ばかり行っていたのです。
こうなると、自然に選択肢は絞られます。東京は巨大都市なので、そのゾーンに店が無限にあり、しかも人が無限に流れてくる。だから“それなり”の店でも成立してしまう。ここがまず最初の落とし穴でした。
そして、東京に引っ越して関東に住むようになって10年近く経ち、ようやく真逆の事実も見えてきました。
東京都内には、ミシュランを獲得するような一流店もあれば、ミシュランを取っていなくても驚異的に優れた店が普通に“隠れて”存在します。
ただし、その“隠れている”ということ自体が、次の構造に直結しています。

東京で本当に美味しいイタリアンを食べるには「お金」がいる
まず大前提として、東京でおいしいイタリアンを食べるのには非常にコストがかかります。
感覚的な目安で言うなら、
• ランチ:1人あたり5,000円〜1万円程度
• ディナー:1万円〜2万円程度
この価格帯の店は、かなりおいしい店に当たる確率が高いです。
東京でこの価格を取る以上、料理が大したことなければすぐにレビューで批判され、悪評が蓄積して、人気が落ちます。東京は競争が激しく、選択肢が多すぎて、代替が無限にある。だから“値段の割に微妙”はすぐ死にます。
逆に言えば、東京でこの価格帯で生き残っている店は、かなりの確率で本当にすごい。
そして、そういう店は料理だけでなく、だいたい全方位で「強い」構造を持っています。

東京の高価格帯の強さは「料理+空間+サービス+ワイン」の総合力で出来ている
東京の高価格帯イタリアンの特徴を挙げると、こうです。
• サービスが良い
• 接待やデート、重要なシチュエーションで使える洗練された空間
• 家具が豪華、内装が豪華、照明が洗練
• 床やドアまで美しい
• テーブルやテーブルクロスが美しい
• カトラリーがクリストフルなど名門、あるいはラギオールのような優れたもの
• サービススタッフが洗練されている
• とにかく人が多い(ホールが多い)
• ワインリストがしっかりしている
• 値段は高いがワインが美味しいものが揃っている
• 料理が美味しく、シェフも腕がある
この構造は「味だけ」で勝っているのではなく、体験の総合力で勝っています。

そしてここで重要なのが、東京が地方と決定的に違う点、つまりワイン環境です。
東京は、ワインのイベントやプロ向けの試飲会の規模が桁違いです。
プロ向けのイベントでは、平然と数百種類〜数千種類をテイスティングできる場があります。
最新の状況やコンディションが逐一掴める。インポーターの動き、ヴィンテージの状態、輸入のトレンド、今何が熱いか、どれが仕上がっているか。そういう情報と経験が、常に更新され続けます。

その結果、東京のソムリエは、イベントに頻繁に参加すれば、余裕で数千種類を体験できます。一方で地方都市のソムリエは、イベントの数自体が限られ、年間でせいぜい数十種類〜100種類程度の比較に留まることが多いです。もちろん例外はありますが、環境として「比較の母数」が違いすぎます。
だから、グラスワイン一つ出すにしても、都内は有利になりやすい。
この差は、料理そのものの腕前とは別の次元で、体験の質を押し上げます。
東京の安いイタリアンが荒れるのは「人口が多すぎる」から起きる
では安い店はどうか。
都内にもランチ1,000〜3,000円で食べられるイタリアンは山ほどあります。
ただ、はっきり言います。
“イタリアン”という名前がついているだけで、実態は粗悪な定食屋が非常に多いです。

理由はシンプルで、東京は人口が極めて多く、しかも流動的だからです。
• 友達ととりあえず集合して
• どんなものでもいいから口に入れて
• ちょっと形のある料理が出て
• ちょっと形のある酒が出たらOK
こういう需要が大量にあります。
そして味が悪くても、それに気づかない、あるいは気にしない層が多い。
その結果、丁寧な仕事をするより、とにかく大量に捌き、大量に客を入れて回転させる店が成立します。
そのゾーンでは、
• 味は冷凍食品クラスで「まずい」とまでは言わないがサイゼリヤ同等、あるいはそれ以下
• しかも価格は一品千円以上
みたいな店が普通に大量発生します。
東京の駅近で安いイタリアンの地雷率が高いのは、個別の店の問題というより、この巨大市場の構造の問題です。
東京にも“安くて美味しい”店はある
ここがポイントです。
東京にも、ランチ2,000〜3,000円で美味しい店、ディナーも5,000円未満で楽しめる素晴らしい店は確実に存在します。
ただし、そういう店はだいたい次の特徴を持っています。
• 食事が好きな人(美食家、イタリアン好き)
• 地元の人
こういう人たちで埋まってしまっていて、予約が取りにくい。
混雑しやすい。ふらっと行けない。空いていない。ひどいと紹介制のような予約受付をしない店もある。
さらに立地が変わっていることが多い。
主要駅から離れている。路地裏にある。到達しにくい。歩く距離が長い。
人が自然に流れてこない場所にあるからこそ、安くても成立する。
つまり、駅周辺でコストが安いイタリアンには、それなりの理由があります。

静岡は「味とコストにもシビア」で生き残れない
次に静岡市の話です。
静岡市はイタリアンを食べる人口が少ない。外食で1,000〜2,000円でも高いと感じる、ケチくさい精神性がある。でも、その一方で食材にはシビアです。
日常的に新鮮な刺身、野菜、肉を食べていて、フレッシュで良い品質が当たり前。
知り合いが農家をやっていたり、漁業に従事していたりして、食材が手に入りやすい。
中には「知り合いにタダで食材がもらえる」と思い込んでいる層すらいる。
こういう街で「イタリアンを名乗って冷凍食品を出す」みたいなことをやると、即死します。
客が少ないのに、味に厳しい。コストにも厳しい。
ボロクソに言われて、1年持たず撤退するケースに陥りやすい。
だから逆説的に、静岡で長く生き残っているイタリアンは、そもそも味が良い傾向になります。
淘汰の圧が強すぎるからです。
静岡の“ちょっと高い店”は、東京なら2〜3倍取れる料理を平然と出す
静岡にも、ランチ2,000円、ディナー5,000〜1万円くらいの「ちょっと高い店」があります。
そして、そういう店は総じて信じられないくらい美味しいことが多いです。何軒もあります。
東京なら、2倍〜3倍以上の料金を取れるような品質の料理が、静岡ではそのまま出てきます。
なぜそうなるのか。
静岡は人口が少ないので、適当なビジネスモデルで大量に回す店が成立しにくい。
だからこそ、ニッチでも「味にこだわる客」を相手にしないと生き残れない。結果として味が上がる。料理の品質が上がる。
さらに静岡の中心街でも、1,000円台で美味しいイタリアンやフレンチを出す店が存在します。
これが「地方の方がイタリアンが美味しい」と勘違いさせるには十分な強さです。

サービスや内装は割り切っている
残酷なことを言うと、静岡の美味しい店は、サービスや調度品や内装に関しては妥協していることが多いです。
雑踏している。スタッフが少ない。夫婦2人で回している。バイトが1人いる程度。
人件費を削っている。インテリアや内装や食器のコストも下げている。
でもそれは欠点というより、構造上の最適化です。
静岡では東京ほど、接待、重要な打ち合わせ、重要なパートナーとの話し合い、デート需要が強くありません。
だからそこまで極端に空間のクオリティを上げる必要がない。
その分、味に比重を置く。味に全振りする。これが静岡の強さになっています。
“ジビエがその日のうちに届くルート”が存在する
そして静岡の強さには、仕入れの構造も関係していると思います。
静岡には、近所の知り合いの農家、近所の知り合いの漁師がいる。そういう経路が現実に存在します。
さらに、ジビエを採って提供してくれる人脈やルートがある。例えば、鉄砲で撃って収穫した鹿を、その日のうちに店に運んでくるような経路が確立されているケースです。
こういうルートがあると、仕入れが圧縮できる。コストカットできる。鮮度も段違いになる。
賃料が安い。人件費も抑えられる。仕入れも圧縮できる。
その結果として、東京では1万円取るような一皿が、静岡では1,500円くらいで出てきたりする。
この体験の差は、非常に大きいです。

プリューレ・ロックのような希少ワインも定価で提供したり、鹿肉も3,000円未満
東京のイタリアンは本当にまずいのか?
これを理解していないと、私の20代のように、「静岡で2,000円や3,000円で料理を楽しんでいた人が、東京に引っ越して東京はまずい料理しかない」という見当外れな意見になりやすい。
東京で同程度を比較するなら、コスト的にはやはり2倍〜5倍は出さないと、同じ土俵に上げられません。
静岡の感覚で東京に行くと、がっかり体験になりやすいのは当たり前です。
ただし視点を変えて、十分な予算を割り当てられるなら、東京の強さが出てきます。
• 静岡では再現できない希少な食材
• イタリアから直輸入した食材
• 一流店で修行したシェフが、時間と工夫をかけた料理
• 厳選されたワイン
• そして、数千種類のテイスティング経験を積んだソムリエが選ぶグラスワイン
こういう体験は、やはり東京が強い。
“究極に美味しい料理”“予算無制限”という条件なら、東京が高い体験を提供できる可能性はかなり高いと思います。
どちらが美味しいかではなく「何を求め、いくら払うか」
整理すると、こうです。
• コストだけに焦点を当てるなら、地方(静岡など)の方が満足度は高い
• サービス、空間、ワイン、同行者の満足度も含めるなら東京の方が分がある
• 究極の料理体験(予算無制限)なら、東京が有利になりやすい
つまり、地方と都会のイタリアンは、どちらが上かではなく、戦っているステージが違うのです。
この構造を理解すると、「東京はまずい」「地方の方が上」という単純な結論から抜け出せます。
そして、自分が今求めているものが
“味に全振りの満足”なのか、“総合体験の満足”なのか、それが分かるようになります。
私は、ようやくこの構造が見えたことで、長年のモヤモヤが消えました。
同じように悩んでいた方にとって、この記事が何かの整理材料になれば嬉しいです。


