最近、医療界や政策の場で「OTC類似薬(市販薬と成分が同じ薬)の保険適用を外すべきかどうか」という議論が再び注目を集めています。
ヒルドイドやリンデロンなど、アトピーや湿疹、かゆみ止めに使われる薬がその対象として名前が挙がることも多く、生活に密接したテーマだけに、現場でも利用者の間でも意見が分かれています。
賛成派の主張:財政健全化と自己責任医療
保険適用を外すべきだとする立場の人たちは、主に財政の健全化を理由に挙げます。
日本の医療費は年々膨張を続け、国や自治体の財政を圧迫しています。軽症の人が何度も病院を受診し、安価な薬を保険で受け取る行為が積み重なれば、国全体の支出は莫大なものになる――という考え方です。
こうした人々は、「薬価が5gで138円の軟膏を、わざわざ保険でカバーする必要があるのか」と問いかけます。
アトピーに処方されるリンデロン軟膏の薬価は5gチューブで138円です。
保険適用する必要はありません。
この団体のツイートは、市販薬の価格と混同させて消費者を誤って誘導することを意図しており悪質です https://t.co/SXDjwJGzHi— サトウヒロシ特怨忌サロ師。老人支配をぶっ壊す、軽老革命。 (@satobtc) November 3, 2025
湿疹やかゆみなどの軽い症状なら、市販薬(OTC薬)で自己管理できるはずだという論理です。
保険を外して自費で買うようになれば、医療費が抑えられ、国の財政健全化につながる。さらに、患者自身も「自分の体を自分で管理する」という意識が高まる――そうした意図が背景にあります。
一見、合理的に聞こえる議論です。しかし、この立場には現場を知らない机上の発想という批判も多くあります。
反対派の主張:慢性疾患患者への負担と医療現場の混乱
一方で、保団連(全国保険医団体連合会)などの医療団体や患者側の立場からは強い反発があります。
#OTC類似薬の保険外しに反対します
アトピー性皮膚炎は、強烈な痒みを伴う慢性の皮膚疾患病。24時間365日、痒みを感じない時はない。寝ている間も無意識で掻いてしまい、翌朝、症状が悪化する日常を過ごしている。高い市販で保湿剤購入となれば、症状が悪化するかも#ヒルドイド#リンデロン… pic.twitter.com/VG86Bm1Fwv— 保団連(全国保険医団体連合会) (@hodanren) November 2, 2025
アトピー性皮膚炎や湿疹、乾燥肌のような症状は「軽症」に見えても慢性的であり、再発や悪化を繰り返すことが多い。季節やストレス、生活環境によって症状が変化するため、医師による経過観察と薬の微調整が不可欠だというのです。
実際にこうした薬を使う患者の多くは、長年同じ薬を継続的に使って症状をコントロールしています。
その中には、仕事や育児を抱えながら、数か月に一度病院に通い、処方箋を受け取り続けている人も少なくありません。彼らにとって、病院に行って診察を受け、処方箋を出してもらわないと薬が買えないという現在の仕組みは、かなりの負担になっています。
また、これらの薬は一度に大量に買うことができないという制約もあります。
「少し多めに買っておきたい」という要望があっても、医療用の処方薬としては法的に制限があるため、毎回診察を受ける必要があるのです。
結果的に、軽症患者が病院に集中し、待合室が混雑して本当に重症の患者がスムーズに診察を受けられないという状況も生まれています。
こうした現場の負担を見れば、保険を外して「自己責任で市販薬を買えばいい」と言うのは、単純すぎる結論だといえます。
市販薬が高すぎるという根本的な問題
さらに重要なのは、仮に保険を外して自費で買うことになったとしても、「市販薬(OTC)」の価格が極端に高いという現実です。
たとえば、処方薬としてのリンデロン軟膏は5gで約138円ですが、市販されている「リンデロンVs軟膏」などのOTC薬になると、同じ10gチューブが2,000円前後になります。単純に考えると10倍以上の価格差です。
この差は、薬そのものの原価や成分の違いによるものではなく、販売流通や広告費、小売マージンなどのコストによって生じています。そのため、薬価が安いからといって「保険から外しても問題ない」とは言えません。
実際の使用量を見ても、軽症の人であれば月に1〜2本(10gチューブ)で済みますが、中等症の人は月に4〜8本ほど使うことも珍しくありません。重症のアトピー性皮膚炎などで全身に塗る必要がある人の場合、週に4〜10本、月に12〜40本以上を使うケースもあります。
もしこれらをOTC価格(1本2,000円前後)で自費購入するとなると、軽症者でも月4,000円前後、中等症では月1〜2万円、重症者では月3〜8万円、場合によってはそれ以上の負担になる可能性があります。
つまり、処方薬からOTCに切り替わることで、患者の自己負担が急激に増えてしまう構造があるのです。この状態を放置したまま「保険を外す」という政策を進めれば、経済的に困窮する患者が治療を中断し、結果的に症状が悪化。
再発や入院治療が増えれば、医療費全体はむしろ増えるという逆転現象を招きかねません。
現実的な「中間解」
私は、賛成派と反対派のどちらの言い分にも理解できる部分があると感じています。
確かに、軽症の患者が毎回病院に行って診察を受け、同じ薬をもらうたびに保険料を使う構造は、長期的には非効率です。
しかし同時に、市販薬が高すぎて現実的に買えない今の状況で「保険外し」を行えば、多くの人が困るのも事実です。私は、まず「中間的な仕組み」を導入するべきだと思います。
具体的には、初回だけは医師による診断を必須とし、その後は薬剤師の判断で同じ薬を一定期間購入できるようにする仕組みです。
これは海外では「Behind the Counter(BTC)制度」と呼ばれ、医師の処方箋なしでも薬剤師の説明を受けて購入できる中間的な方法として定着しています。また、OTC薬の価格にも一定の上限を設けることが必要です。
薬価(公定価格)の2〜3倍程度までを上限とし、派手な広告や過剰なパッケージを制限すれば、患者が現実的に買える価格で市販化が可能になります。薬局で薬剤師が症状を確認しながら販売すれば、安全性の確保もできます。
合理的な議論を進めるために
本来、こうした改革は「保険を外す・守る」という単純な二項対立ではなく、「どの層に保険を残し、どの層を自己管理に移すか」という線引きの問題であるはずです。
たとえば、シップ薬や痛み止めなど、使われずに余ってしまう薬から見直すのが先決です。一方で、慢性的に必要な薬や、生活の質を大きく左右する薬については、安易に保険から外すべきではありません。
制度的な見直しを行うなら、価格構造や流通、責任の所在などを整えた上で段階的に進めるべきです。現場を知る人ほど、単純な「削減」よりも「合理的な仕組みの再設計」を求めています。
そしてその再設計こそが、医療費の抑制にも、患者の生活の安定にもつながるはずです。
おわりに
保険財政を守るという目的は大切です。しかし、その方法が「現場で本当に必要な人」を切り捨てる形になっては本末転倒です。
アトピーやかゆみなど、慢性かつ軽症な症状を抱える人たちは、日々の生活の中で小さな苦しみと付き合っています。
その苦しみを少しでも和らげるための薬を、無理なく手に入れられる社会であってほしい――そう強く感じます。


