円とドルの未来を語るとき、私たちはしばしば「為替レート」という一点だけを見てしまいがちです。しかし、その水面下では、異なる視点や要因によってまったく違う未来地図が描かれています。今回は「FXプロによる短期サイクル分析」と「人口動態・経済構造・心理面を重視した私の長期視点」、この2つの地図の違いからドル円相場の見通しを解析していきます。
さて、先日「ザイFX!」の「米ドル/円は158円に迫ったが、さらなる円安の進行は困難!リスクオフはまだ本格化しておらず、パニックがあるならこれから。行きすぎた円安の反動を覚悟すべき」(9:06配信)といったタイトルの記事を読みました。
記事内では「日米実質金利差から見ると、現在の米ドル/円のレートは大きく乖離しており、筆者の大まかな推測では適正水準から目先14円ほど差が開いている。これはおそらく『史上最大』クラスの乖離なので、ここからさらに円安が進行するのは難しいだろう」といった理論展開がなされていました。
⚫️日米の金利差を見れば、ここからさらに米ドル/円で大きく円安が進むのは難しいだろう
前回のコラムでも提起したように、日米実質金利差から見ると、現在の米ドル/円のレートは大きく乖離しており、筆者の大まかな推測では、適正な水準から目先14円ほど差が開いているかとみる。これはおそらく「史上最大」ではないかと思われる。だからこそ、ここからさらに円安が進行するのは難しい。
⇒米ドル/円は一時155円台を打診したが、すでに頭が重くなっていることを示唆。日米の金利差が急拡大しない限り、円安の進行は終盤に差し掛かっているとみる! (2025年11月14日、陳満咲杜)
確かにセオリーとしては非常に整った分析ですし、間違ったことは一切言っていません。
ただし私は、ここに「別の地図」が存在することを伝えたいと思っています。
記事側の地図:短期の「乖離修正」を重視
まずは記事の主張の整理です。
円売りはすでに最終段階
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日米実質金利差から見た円安は「行き過ぎ」水準
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フェアバリューから14円ほど円が割安に乖離
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ここからの一段の円売りは難しい
株安・円高の相関性は今後復活
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直近は株安でも円が買われない(=同時安)
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これは「一時的ゆがみ」
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リスクオフが本格化すれば円高になる
高市政策が円安を煽っている
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財政悪化への期待と不安が「心理的円売り」を誘発
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ただし現状の日経平均はまだ高水準
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「債券・株・円」のトリプル安は短絡的
金利差縮小は円高の材料
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米10年金利は4%台前半で安定
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日本金利には追加上昇余地が小さい
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つまり日米金利差は縮小方向
→ 短期では円高調整が有力
この地図は「数週間~数カ月」の市場サイクル、テクニカル、ポジションの過熱・巻き戻し構造を分析して描かれています。
私側の地図:通貨の体力は「構造」と「人口」と「信認」で決まる
では次に、私の主張を整理します。
(※ここからは記事側の主張ではなく、私がなぜ別の未来が描けると考えているかの背景です)
円を使うのは日本国内が99%以上の“閉鎖系通貨”
確かに海外は外貨準備や国際運用で円を保有しています。しかし、円は海外で日常的に消費・決済されるわけではありません。
つまり海外のトレードで回転運用される場面はあっても、「円のユーザー人口」は圧倒的に日本だけ に集中しています。
この一点が、通貨の反応速度の違いを決めています。
ドルは「ユーザーが世界中に分散」
ドルは基軸通貨です。アメリカ国内だけでなく、貿易決済、商品市場、海外投資、さらには現地通貨として振る舞うケースすら存在し、利用の分散度が高く、需要のバランスが保たれています。
一方、円にはこうした「海外にユーザーが分散するクッション構造」*がありません。
よって、
日本国内の心理変化=円の信用度の変動が直接為替市場に直結しやすい
→ これが「個人の少額ドル買いでも円安を加速させ得る」構造
日本は資源がなく「人口=唯一の資本」
エネルギー、金属、石油、ガス、食料の多くを輸入に頼る日本の国力を決める式は極めてシンプルです:
GDP(国力) = 生産年齢人口 × 生産性(人が生み出す価値)
ここで問題なのは「高齢化」ではなく「生産年齢人口の急減」です。そして、その根っこにあるのが「合計特殊出生率の崩壊」 です。
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東京は出生率1を切り、回復の前例がなく
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全国も同様の縮小トレンドへ
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労働市場は高齢者シフト、若年市場は縮小
これらの構造的弱体化は金利差よりも持続的かつ強力な要因として、長期の円安基調を維持・強化させます。
さらに地政学リスクが当事者化
例えば台湾問題などの緊張が高まった場合、地理的に近く、軍事・貿易・物流リスクの影響を受けやすい日本円は「有事のときも買われない、場合によっては売られる通貨」に転換しつつある という現実があります。
この地図は「3年~10年以上」の構造と信認のフレームで描かれています。
2つの地図がずれる理由は「時間軸」と「分析領域」
ここまででわかる通り:
| どこを見ているか | 記事側 | 私側 |
|---|---|---|
| 時間軸 | 短期サイクル | 中長期の構造 |
| 分析領域 | 金利差・過熱・ポジション | 人口・経済構造・通貨の信認 |
| 円の評価 | いずれ円高に戻る | 長期円安が高い確率で定着 |
| 有事の反応 | リスクオフで円高 | 有事でも円は買われにくい |
つまり、両者は対立というより違う地図を見ている ということです。
2つの地図を重ねて見えた、ドル円相場のリアリティ
本記事を通して確認できた最も重要なポイントは、為替の主要因は時間軸によって支配力が変わる という事実です。
ザイFX!の記事は、日米実質金利差という短期の座標軸だけを見て「円はフェアバリューから約14円の乖離」「追加の円売りは困難」「リスクオフが来れば相関性は円高方向へ回帰」と結論づけていました。これは市場サイクルの揺り戻しを読む地図としては極めて有用で、誤った分析ではありません。
しかし、円を評価するときにはもう1つの地図が必要です。円は国内で99%以上が使われる閉鎖系通貨であり、需要の分散クッションがほぼ存在しないため、日本国内の不安心理=外貨シフトの小さなフローでも為替に直撃しやすい構造を持っています。ドルは世界中に決済ユーザーと投資家が分散している基軸通貨として振る舞うため、同じ心理変化でも市場へ伝わるエネルギーはまったく違います。
さらに、日本はほぼ資源を輸入で補っているため、国力の源泉は生産年齢人口と出生率の回復力に強く依存します。それにもかかわらず東京を象徴として出生率1を切る水準に張り付き、生産年齢人口の縮小も止まっていません。
よって、換金を伴う海外資産需要(ETF・ドルMMF・金)が増えるほど、心理と資金フローが円安の自己強化エンジンになる第二段階に入りつつあります。
つまり、ドル円の未来は:
✔ 短期の乖離修正(円高方向の逆流)は起こり得る
✔ でも中長期の重心を決めるのは人口・構造・信認という“地殻要因”であり、円安方向の持続力は簡単には消えない
この2つを同時に考えることが、2026年以降の見通しの本質です。
円安の“国境線”160円は、心理と構造が共鳴する分岐点
現在156〜158円台という水準は、2025年年初の高値(158円台)や、前年の危機的高値160.88円から数円しか離れていない「見た目以上の心理的国境線」に位置しています。数字以上に節目突破の心理インパクトが大きい ため、もし160円付近を明確に超える局面が再来した際は、再び円の信認が議論の主役になる可能性があります。
ただし160円は介入や政策メッセージのレッドラインにも重なっているため、簡単に突き抜けるとも断言できない 一方で、突き抜けたときの反動や資金フロー変化は通常より増幅されやすいという非対称性が残っています。
つまり、2026年以降のドル円は――
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短期の調整で140〜150円台へ押し戻される逆流
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しかし、数年スパンでは150〜160円台に重心が再び戻りやすい構造
この両面を併せ持つ世界観が、最も整合的なシナリオといえます。


