オレンジジュースを飲まない静岡市民
久しぶりに車で静岡に帰ってみたのですが、ぱっと見は特に変わっていないようで、実は大きく変化していると感じる出来事がありました。
到着したのは朝早く、9時くらいでした。軽く朝食を食べたいと思ったのですが、まだ開いているパン屋も少なく、とりあえずカットフルーツでも食べて気分を整えようと思い、静岡のインターチェンジ近くのスーパーに行きました。
ところが、なぜかカットフルーツが一つもありませんでした。みかんと贈答用のフルーツがわずかにある程度で、明らかに販売されている果物の量が減っていました。以前は、売り場にもっと日常の果物があったはずなのに、という違和感が強く残りました。
仕方がないので、100%濃縮還元のオレンジジュースでも飲もうかと思い探すことに。
しかし、昨今のオレンジ不作による先物価格上昇の影響なのか、その100%濃縮還元オレンジジュースさえ販売していませんでした。「まあ、こういうこともあるか」と思い、別のチェーンのスーパーにも行ってみたのですが、状況は同じでした。カットフルーツは売り場自体がなく、オレンジジュースも入手できませんでした。もちろん、全粒粉パンを使ったサンドイッチなどもありません。

静岡市のイメージ画像
さらに車で15分ほどの草薙のスーパーにも行ってみましたが、そこでも同様でした。かろうじてパイナップル100%の濃縮還元ジュースが売っていたので、とりあえずそれを飲んで気分を落ち着かせました。たった1本のジュースを探すだけで、スーパーを3件回り、欲しいものがほとんど見つからない。この体験は、私にとってかなりショックでした。
私が静岡市内に住んでいた2015年頃までは、大きめのスーパーのフルーツ売り場にはカットフルーツがあり、だいたい300円から600円程度で3種類くらいは並んでいました。例えば、カットパイナップル、カットオレンジ、カットグレープフルーツなどは、どこでも普通に買えた印象があります。今回のように、大きめのスーパーを3件回って1件も置いていないという状況には驚きました。
最近はオレンジジュースの価格が上がっているので仕方ない面もあると思いますが、濃縮還元のオレンジジュースが少量の在庫すら置かれていないことにも驚きました。また、代替として温州みかんや国産みかんのジュースがあるかというと、それもありませんでした。果汁10%程度の、かなり薄いオレンジジュースは販売されていましたが、結果的に、品質の低いものしか残っていない状況でした。
この体験から、食文化、求められる商品、そして消費者が支払える価格のバランスが一致しないと、スーパーはどんどん簡略化されていくのだと感じました。店が怠けているとか、誰かが悪いというより、構造がそうさせているように見えたのです。
利益率1%〜3%の世界で何が起きるのか
まずスーパーの構造について考えてみます。
総合スーパー(GMS)やスーパーマーケットは、一見たくさん売れているように見えても、利益率は一般的に1%〜3%台と非常に低く、典型的な薄利多売の構造です。わずかな利益を出すために、大量に商品を売らなければならないビジネスです。

そのため、お惣菜コーナーでは揚げ物や利益率の高い弁当などを販売して収益を補っています。惣菜は売れ筋、回転、粗利が読みやすく、店としても戦いやすい領域です。一方で、カットフルーツや生鮮の一部は、どうしてもロスが出たり、加工の手間が増えたり、衛生管理が厳しかったりします。利益率が低い業態の中で、こうした“じわじわ効くコスト”は、想像以上に重くのしかかります。
例えば、カットパイナップルやカットオレンジは、特別な機械がなくても、パック容器があれば販売できます。しかし、製造コスト、廃棄ロス、衛生管理コストなどが積み重なり、負担になります。作業する人の人件費、作業台や包丁の洗浄、手袋や消耗品、温度管理、そして売れ残りの廃棄。個々は小さく見えても、店舗が薄利で回っている以上、積み上がったときの破壊力が違います。
一方、缶詰は劣化しにくく、長期間売れなくても在庫として持てるため、非常にリスクが低い商品です。売れ残っても腐らない、廃棄が少ない、管理が楽、誰でも陳列できる。こうした性質の商品の比率が高まっていくのは、ある意味で自然な帰結です。
同様に、チーズ、パン、刺身なども賞味期限が短く、その日または数日以内に売る必要があります。高齢者中心で、低単価の商品が求められる地方都市では、こうした付加価値商品の仕入れは、店にとって大きなリスクになってしまいます。売れなければ即ロスになる。そのロスを吸収できるだけの売上規模や客層がなければ、品揃えはどうしても守りに入ります。
東京に近いほど「自由度」が上がる理由
同じスーパーでも、東京の都心に近づくほど消費者の可処分所得は上がり、より品質の高い商品が求められるため、品揃えも大きく変わります。ここが非常にわかりやすいポイントだと思っています。

例えば、高級なお刺身や、店内で大きなマグロを解体して寿司や刺身として販売する店、生牡蠣をそのまま販売する店、珍しい魚を仕入れて簡単な調理をして販売する店などです。日常の買い物の延長に、「今日はこれを試してみよう」という余白がある地域では、こうした挑戦が成立しやすいのだと思います。

また、チェダーチーズ、パルメザンチーズ、ゴーダチーズなどのナチュラルチーズ、さらに都心に近づくと白カビチーズをホールや大きめカットで販売するスーパーも増えます。
加えて、3,000円〜5,000円程度の白ワインや赤ワイン、有名なシャンパーニュなども並びます。パンもヤマザキパンだけでなく、全粒粉を使ったこだわりのベーカリーのパンや、高級パンを扱う店もあり、それらをサンドイッチとして販売する例も見られます。

河口湖もお金もちエリアにはドラゴンフルーツ入りの豪華なカットフルーツを売るお店も
すると、自然とデザートコーナーにはこだわりのスイーツが並び、カットフルーツも500円前後で複数種類食べられるパックが朝から販売されていることも珍しくありません。東京でなくても、関東の鉄道系スーパーでは、イチゴやブドウが少しずつ入ったカットフルーツが販売されています。
つまり、多様な商品が一定以上売れ、多少高くても購入してくれる消費者が多い地域ほど、商品バリエーションは増えていきます。売れる見込みがあるから仕入れられる。ロスが出ても吸収できる。挑戦が許される。これが「自由度」なのだと思います。
しかし、最近の物価上昇や原材料費上昇により、地方のスーパーでは、こうした自由度の高い商品を扱うのが難しくなっているように感じます。欲しい人がいないわけではなくても、売れる速度が遅い、単価が上げられない、ロスが怖い、そして人手が足りない。この条件が重なると、店は“失敗しない売り場”へと寄っていきます。
「まいばすけっとは都民への罪」論争が示すもの
少し話は変わりますが、半年ほど前に、こうした内容のツイートがバズり、一時期話題になっていました。
まいばすけっとは都民への罰だと思ってる https://t.co/4hnUdvhjdc
— ホサカス2 (@AtuhikoMoriyama) August 14, 2025
これに対しては強く共感する人と、「なぜ?」とピンとこない人に、かなりはっきり分かれていました。私はまさに共感する側で、あのがっかり感はかなり大きいと感じています。
理由としては、並んでいる商品の種類が少ないだけでなく、価格重視で品質が低めの商品や加工品、パウチ商品が中心になっている点です。
生鮮食品、特に野菜、果物、魚、肉などの種類は極端に限られており、さらに利益率が高い商品や、品質面で妥協した商品が多い印象があります。買い物が「補給」になりやすく、「選ぶ楽しさ」や「発見」が生まれにくいのです。
ただし、これは構造的に仕方がない部分もあります。まいばすけっとは、例えば港区、渋谷区といった都心部に多く出店しており、売り場面積は非常に小さく、コンビニ程度しかない店舗も存在します。その限られた空間の中で多種類の商品を扱わなければならず、バックヤードのスペースも限られ、スタッフ数も最小限です。調理スペースや加工スペースも通常のスーパーと比べると圧倒的に少ない状態です。
その結果、コンビニエンスストアと同様に、トラックで運ばれてきた商品をそのまま陳列する形式に近くなります。セントラルキッチンで加工された商品を一括納品して販売する仕組みが中心で、店舗ごとに新鮮なものを加工して提供するというコンセプトでは、そもそも設計されていません。
さらに、野菜、魚、肉などの生鮮食品は廃棄リスク、劣化リスク、衛生管理リスクが高く、温度管理もシビアです。これらは店舗運営上のリスクになり、売上悪化にもつながる可能性があります。そのため、廃棄リスクが低く、賞味期限が長く、安全に保管でき、誰でも陳列でき、温度変化にも比較的強い加工食品を中心に構成されるのは、ある意味で合理的です。加えて、都心の一等地という高い家賃を支払いながら利益を出さなければならないため、この商品構成になるのは理解できる部分があります。
私が思うに、ワクワクというのは裏を返せば、リスクの高い仕入れや、その日限りの旬の食材に対して生まれるものです。
ところが、まいばすけっとのような業態では、価格や安定供給が優先され、生鮮食品、高級チーズや高級チョコレートのように売れ行きが読みにくい商品は徹底して除外されます。
結果として、低価格帯で安定して売れる商品中心の構成になります。だからこそ「ここで買うものはワクワクしない」と感じ、それを「都民にとっての罰」のように受け取る層が一定数いるのではないか、と考えています。

イチゴ 3,000円
逆に言えば、都民がワクワク感や特別感を求めて利用するのは、例えば成城石井、紀ノ国屋インターナショナル、ナショナル麻布のような店舗です。
これらの店舗では、季節商品や、一般的なスーパーにはないおしゃれな惣菜、サンドイッチ、ローストビーフ、各種ナチュラルチーズ、ワイン、輸入菓子、輸入のノンアルコールドリンク、濃縮還元ではないストレートジュース、健康志向の食材などが並びます。こうした商品に対して、楽しみや特別感を感じている人は少なくないのではないかと思います。

ぶどう7,800円
静岡のスーパーで起きている「同じ現象」と、これからの食卓
ここまでの話は、わかりやすくするためにやや極端な例も挙げてきましたが、静岡のような地方都市のスーパーでは、より現実的な問題として同じ流れが起きているように感じます。
人口減少による売上の緩やかな低下が続く一方で、店舗のランニングコスト、人件費、水道光熱費、商品の仕入れ価格、物流費、さらには税負担などが複合的に上昇しています。
これらは、もともと低いスーパーの利益率をさらに圧迫します。その結果、例えば最初に挙げたカットフルーツのような商品は、真っ先にコスト削減の対象になってしまったのではないかと感じました。

2012年頃の静岡市のJAではカットメロン590円など定番だった
実際、2010年から2015年頃までは、1リットルのオレンジジュースは、格安スーパーでなくても、一般的なスーパーで99円から120円程度で販売されていました。
しかし現在では、都内の標準価格は400円程度まで上がっています。さらに、濃縮還元ではないストレートのオレンジジュースになると、東京都内でも見つけにくく、価格は1,000円近くに達することもあります。

一方で、静岡のような中規模都市では、その濃縮還元のオレンジジュースですら見つけるのが難しく、複数のスーパーを回らなければならない状況になっています。私が経験した朝の出来事は、その縮図だったのかもしれません。
そしてこれは、単に「オレンジジュースを飲まないから関係ない」という話ではありません。同じ構造が、徐々に様々な商品に押し寄せていく可能性があります。
例えば、焼き魚用の魚、ホッケの仕入れ価格が高くなったら、「これは商品として売るリスクが高いから、ホッケの扱いは停止する」となるかもしれません。寿司に関しても、イクラは値段が高いから取り除き、冷凍でコストカットしやすいような、すでにカットされた冷凍のお刺身セットだけを仕入れて、最低限それを解凍して売る。そうなると、いつスーパーに行っても、同じ品質の低い、少しパサパサとした冷凍解凍寿司しか並ばない、ということが起きやすくなります。
また、今でさえフルーツが極めて少なく、そのまま販売されているのも少ないので、例えばイチゴのような商品がなかなか入荷しにくくなるといった事態も十分に考えられますね。
そうなると最後の最後まで残るのは、利益率が高いお惣菜の揚げ物やコロッケ、ポテトフライといったものや、お惣菜をパウチで仕入れてそれを詰め替えるだけといったような商品です。どこのスーパーに行っても似たり寄ったりで、その日だけの特別な旬の味を楽しむといったことが、地方都市でさえも難しくなっていく。そのように変化していく可能性は十分にあり得ると感じています。
静岡で感じた違和感は、単なる「品揃えが悪くなった」という話ではなく、食の選択肢や楽しみが、静かに均一化されていく兆候だったのかもしれません。もちろん、すべてが一気にそうなるわけではありませんし、個別に頑張っている店もたくさんあります。ただ、薄利の中でコストだけが上がり続けるなら、売り場が守りに寄っていく力は、これからも強まるはずです。
私たちが日々の食卓で感じる「ワクワク」や「旬」は、気分の問題ではなく、実はかなり繊細な需要と供給、そしてリスクと利益のバランスの上に成り立っています。スーパーの売り場は、そのバランスの結果を、いちばんわかりやすく見せてくれる場所なのだと思います。


