皆さんは「真のスコットランド人論法」という言葉をご存知でしょうか?
これはトートロジー(同義反復)を用いて、都合の悪い反例を除外し、主張を防衛しようとする非形式的な誤謬(ごびゅう)=あやまりの一つです。
意外に思われるかもしれませんが、この論法は私たちの日常会話やSNS(TwitterやYahoo!ニュースのコメント欄など)でも、驚くほど頻繁に使われています。
典型的な例:スコットランド人とおかゆ
この論法の有名な例は、哲学者が紹介したジョークに由来します。
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「スコットランド人はおかゆに砂糖を入れない」
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「でも、私の叔父はスコットランド人だけど砂糖を入れていた」
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「じゃあ、その人は真のスコットランド人ではない」
このやり取りが示しているのは、「自分の主張を守るために、後出しで定義を修正してしまう」という態度そのものです。
誤謬でありながら「便利」なケースもある
真のスコットランド人論法は誤謬ですが、人々の「理想」や「願望」と結びつくことで“便利”に使われることもあります。
たとえば「日本人は礼儀正しい」というフレーズ。

現実には無礼な人も犯罪者もいますが、「日本人はそうあってほしい」という願望が込められることで一定の説得力を持ってしまいます。
同じように「クリスチャンは慈悲深い」という言い方もそうです。実際にはシチリアのマフィアなど、冷酷な行動をとる人もいますが、理想像が語られることで“真のスコットランド人論法”の構造が働きます。
定義に基づく正しい排除との違い
ここで重要なのは「誤謬的な後付けの排除」と「定義に基づく必然的な排除」を区別することです。
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誤謬の例:「真のお金持ちはブランド物を買わない。買っているなら本物ではない」
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定義上の正しさ:「真の菜食主義者は肉を食べない」
前者は勝手に条件を付け加えているだけですが、後者は定義に必然的に含まれる条件を述べているに過ぎません。

日本ネットに多い「真のお金持ち論」
日本のネット空間でよく見られるのが「真のお金持ちは○○しない」という主張です。
典型的なものには:
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「真のお金持ちはユニクロを着る」
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「真のお金持ちはブランド物を買わない」
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「真のお金持ちは軽自動車に乗る」
たとえば「近所の資産家は軽自動車に乗っている。だからベンツに乗っている人は本物ではない」といった話は、Yahoo!コメント欄でよく目にします。
そこには「理想のお金持ち像への憧れ」と「見せびらかす成金への批判」が入り混じっています。しかし実際には世界中の富裕層が高級車やプライベートジェットを持っているのも事実。まさに“真のスコットランド人論法”が働いている例といえるでしょう。

逆向きの発想:定義による限定
一方で「真のお金持ちは港区にマンションを所有している」といった言い方は、半分は正しいともいえます。
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港区の超高額物件は真のお金持ちでなければ買えない
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ただし、港区に住んでいなくても大金持ちは存在する
これは「必要条件と十分条件のズレ」の問題であり、単なる誤謬ではなく“定義に近い限定”として機能しているのです。
ビル・ゲイツのエコノミークラス伝説
日本でよく語られるのが「ビル・ゲイツはエコノミークラスに乗る」という話です。
「ファーストクラスはエコノミーの5倍の料金だが、到着時間は同じ。だから支払う価値はない」
この合理主義的なフレーズは「真のお金持ちは質素で合理的だ」という論法の根拠として引用されがちです。
確かにゲイツは若い頃、エコノミーを使っていました。しかし1997年以降はプライベートジェットを購入し、安全性・効率・プライバシーのために巨額のコストを払っています。
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若い頃の合理性:「同じ到着時間なら安い席で十分」
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現在の合理性:「安全性・効率に数億円を払う価値がある」
合理性は一貫していますが、「何に価値を見出すか」が変化しているのです。

まとめ:誤謬(ごびゅう)か、定義か、それとも理想像か
真のスコットランド人論法は「反例を都合よく除外するだけの詭弁」です。
しかしそれが「理想像」や「願望」を支える役割を果たしていることも多いのです。
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誤謬的なお金持ち像:ユニクロ・軽自動車・カップ麺
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定義的に正しい限定:ベジタリアン=肉を食べない、超高額物件=富裕層しか買えない
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実際の変化:ゲイツの合理性の移り変わり
大切なのは、その主張が「定義」なのか「理想像」なのか「誤謬」なのかを見極めること。
そして、もし議論を進めるのであれば、希望的観測や伝説的な逸話ではなく、統計データや具体的な事実に基づいて進めるほうが、より建設的で説得力があると言えるでしょう。


