日本という国が成立してから、最も繁栄した瞬間はいつだったのか。
これは歴史を振り返る上でとても興味深いテーマです。戦国時代の黄金の夢、江戸時代の泰平、明治維新の熱気など、それぞれの時代に繁栄の形はありました。しかし「現代日本」という意味で見た場合、そのピークは意外にも1960年から現在までの間にあるのではないか──そう私は考えました。
ChatGPTに「経済・食文化・幸福・文化・総合、それぞれの視点から見たときに、日本がもっともピークにあった年はいつですか?」と尋ねると明確でありながら、同時に考えさせられるものでした。
経済:1990年
まず経済の側面から。答えは1990年でした。
1989年末、日経平均株価は史上最高の38,915円を記録。翌1990年はその熱気が続き、土地の価格もなお高騰していました。株価と地価、両方の“絶頂”を同時に肌で感じられた年。それが1990年だったのです。
この頃は給料の伸びも実感でき、東京だけでなく地方でも「収入が増えた」という声が相次ぎました。ボーナスで家電や車を買い、郊外に新築を建てる人が続出。トヨタは次々に高級志向の車種を世に送り出し、「誰もが豊かになれるのでは」という空気感が漂っていました。
たとえ2025年の今、日経平均が当時を超えても、それは一部の投資家や外資の恩恵に留まる部分が大きい。当時のように“多くの国民が豊かさを実感した”繁栄は、やはり1990年が象徴的だったと言えます。
食文化:2012年
次に食文化の側面から。ここで意外な答えが出ました。2012年です。
2011年秋には1ドル=75円台という歴史的円高が訪れ、2012年も円高基調が続きました。その結果、ヨーロッパのワインやチーズ、生ハムなどの高級食材が日本に格安で入ってきたのです。今と比べれば、同じ食材が半額以下で手に入るような状況でした。例えば現在3000円のチーズが、当時は1000円程度で買えた計算になります。
さらに当時は物価全体も今より低く、国産の野菜や果物も比較的安く流通していました。中国産の低価格品に頼らずとも、自給率はまだ高めで、国内生産の豊かさが感じられた時期でもあります。
その上で、東京は2011年と2012年の2年連続で「ミシュランの星の数・世界一」を獲得。国際的に“世界の美食都市”としての評価を確立しました。
「食の多様性」と「価格の恩恵」と「国際的評価」が同時にそろった稀有な年──それが2012年でした。
幸福:2019年
3つ目は幸福。ここで挙げられたのは2019年でした。
この年、日本の完全失業率は2.4%と統計開始以来の低水準。雇用が安定していたことが、人々に安心感を与えていました。また、自殺者数が初めて2万人を下回り、社会全体の緊張が和らいだとされています。
確かに数字で見れば「幸福度の高さ」が表れていたのは2019年でしょう。私自身も思い返せば、旅行やイベントが盛んで、コロナ禍前の最後ののびやかな時期だった気もします。ただ一方で、スマホやSNSが広がりすぎ、生活にどこか落ち着きがなくなっていた印象も否めません。「本当にあの年がピークだったのか?」と考える余地はありますが、少なくとも統計上は2019年が“安定した幸福”を象徴していました。
文化:2016年
文化面での答えは2016年。
この年、『君の名は。』が国内外で大ヒットし、日本映画史に名を刻みました。同時に『シン・ゴジラ』が公開され、日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞。さらにはピコ太郎の『PPAP』が世界的にバズり、ギネス記録にまで認定されました。
アニメ、映画、ネットカルチャー──異なる分野が同時に世界へ波及したのは2016年の特徴です。
ただし個人的には「文化の過渡期」という印象も拭えません。CDもアイドルなどが売上を支えて、J-POP全体も縮小基調。とはいえ、グローバルな影響力という意味では確かに2016年が象徴的でした。
総合:1990年
最後に、総合的なピークはどこか。AIの答えはやはり1990年でした。
株価や地価の高騰、給料の上昇、旺盛な消費、海外旅行ブーム、アート市場の熱気……あらゆる分野が同時に盛り上がった時代。バブルの狂乱と呼ばれつつも、それは確かに「国全体が一体で繁栄を謳歌していた」瞬間でもありました。
後から振り返れば、その後の停滞や格差拡大を招いた一因とも言えます。しかしあの年を「日本がもっとも繁栄した瞬間」と位置づけることには、多くの人が納得するはずです。

日本がもっとも栄えた年を探して(後半)
──別の視点から見た“次点のピーク”たち
前半では1990年・2012年・2019年・2016年・1990年と、AIが挙げた「日本のピークの年」を紹介しました。
しかし、当然ながら「ピーク」は一つではありません。時代や分野によって、もう一つの光り方を見せている年が存在します。ここからは別の側面で選ばれた“次点のピーク年”を見ていきます。
経済:1989年
1989年は、まさにバブル経済の頂点を迎えた年。
12月29日、日経平均株価は史上最高値38,915円を記録しました。この瞬間は“数字としての頂点”を示しており、経済の象徴的ピークは間違いなくこの年です。
また、建築や都市開発の面でも1989年前後は華やかでした。高層ビル、美術館、豪華な商業施設が次々と完成し、日本中が「世界一豊かな国になった」と錯覚するほどの勢いがありました。私の生まれ年でもありますが、当時の空気を知る人々の証言からも、確かに1989年は特別な輝きを放っていたと感じます。
食文化:1965年
食文化の次点は1965年。
この年、日本の食料自給率(カロリーベース)は73%という史上最高値を記録しました。米、魚、野菜を中心に、国内生産だけで国民の食生活を支えられる安定性がありました。
当時は家庭料理が中心で、出汁をひく、包丁を研ぐ、梅干しやぬか漬けを家で作るといった文化が日常に根付いていました。加工食品や冷凍食品はまだ少なく、地域ごとの食材や調味料の工夫が生活の中に息づいていました。食の国産豊かさと家庭の手仕事という観点で見れば、確かに1965年は“和食文化の頂点”だったといえるでしょう。
幸福:2007年
幸福の次点に挙がったのは2007年。
リーマンショックや東日本大震災の直前で、平成の中盤にあたるこの頃は「まだ未来に希望がある」と信じられていた時代でした。失業率は3.9%と安定し、非正規雇用の深刻化も今ほどではありませんでした。
また、この頃はガラケーの黄金時代。国内メーカーがこぞって競い合い、次々に新機能を打ち出していました。テレビCMも活気にあふれ、街には勢いがありました。振り返ると「まだ日本が伸びていく」と信じられた最後の時期だったかもしれません。青春の記憶とも重なり、この2007年を“幸福のピーク”と感じる人も多いでしょう。
文化:1998年
文化面の次点は1998年。
この年、CD市場は年間売上で6,000億円を超え、史上最高を記録しました。GLAY、L’Arc〜en〜Ciel、宇多田ヒカル、浜崎あゆみなど、名だたるアーティストが次々に登場。街中や車内、学校やカラオケまで、どこでも音楽が溢れていた時代でした。
今のようなアイドル文化ではなく、多彩なアーティストが続々と登場していました。
また、アニメではポケモンブームが世界に広がり、ゲーム産業もプレイステーションの普及とともに飛躍しました。ファイナルファンタジーをはじめ、家庭用ゲームの表現力は飛躍的に進化し、ゲームセンターも活況。さらに文学作品も幅広く読まれ、芥川賞をはじめ文学賞が話題になることも多かった。
つまり、1998年は“エンターテイメントと文化消費”が同時に絶頂を迎えた年だったのです。
総合:1989年
総合的に見たとき、ChatGPTは1989年を推しました。
経済では株価の史上最高値、国際的には冷戦終結のムードが漂い、ベルリンの壁が崩壊して世界が変わりつつあった時代。そして日本は昭和から平成へと時代をまたぎ、国際社会の中で「アメリカを追い越すのではないか」と語られていました。
家電、車、百貨店、どれを取っても勢いがあり、地方都市にも活気が満ちていました。私の故郷・静岡市でも90年代前半までは人や物の動きが凄まじく、2000年を過ぎると徐々に変わっていった印象があります。東京のような大都市だけでなく、地方都市の生活者の実感としても、やはり1989〜1999年代がピークだったことは納得できそうです。
こうして「二つのランキング」を並べてみると、日本のピークは一枚岩ではなく、分野ごとに異なる顔を持つことが見えてきます。
経済の象徴は1989年、生活実感としては1990年。食文化は伝統の1965年と国際化の2012年。幸福は未来への希望が残る2007年と、安定を感じた2019年。文化は消費全盛の1998年と、世界に拡散した2016年。
つまり日本のピークは「一度きり」ではなく、時代ごとに異なる輝きを放ってきたのです。そしてそれをどう受け止め、これからの未来にどう活かしていくかこそが、私たちに残された課題だと感じます。


