「均一化された食卓」で失われたもの──F1品種と現代日本農業の脆さについて

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昔のスーパーマーケットや八百屋さんを覚えている方であれば、野菜の形が不ぞろいで、かごに山盛りで売られていた光景を思い出すのではないでしょうか。丸いものも細長いものも混ざっていて、色味もまちまち。時には虫がかじった跡があるものや、曲がりくねったものも特に珍しくありませんでした。味わいは濃く、品種の違いや育った環境による“個性”がはっきりと感じられたと思います。

しかし2025年の現在、スーパーマーケットの棚に並ぶ野菜や果物は、ほぼ完璧なほど均質化されています。サイズ、色、形、見た目のバランス、味まで含めて、まるで工業製品のように整っているのが当たり前になりました。生産者の名前がラベルに記載されていても、どれを買っても似たような見た目と風味が保証されている状態です。

関東のイオンモールのスーパーでの写真

若い世代は、これが「普通」と捉えているかもしれません。しかし30代以上であれば、昔の野菜が持っていた“雑多さ”と“豊かな個性”を記憶している人は多いはずです。ここには日本の農業と流通が辿ってきた大きな変化が関係しています。


統一化・規格化される野菜が生まれた理由

現代の野菜が均一化した最大の理由は、種の段階から厳しく統一化されているからです。物流、マーケティング、販売、消費者の利便性、そして農家の生産管理。そのすべてを考えると、形や大きさが揃った農作物は圧倒的に扱いやすいのです。

そこで中心的役割を果たすのが「F1品種」と呼ばれる交配種です。F1品種には、以下のような大きな利点があります。

・形が揃う
・収量が安定する
・病害虫に強く、農薬管理がしやすい
・出荷規格を満たしやすい
・スーパーの棚で美しく見える
・消費者が迷わず買える

これらの利点を背景に、行政、JA、流通業界はF1品種を事実上の標準として扱うようになり、日本の農業は急速に均一化へと進んでいきました。

「千両二号」や「一代交配みず茄子」「交配 南瓜 栗坊」などF1品種の特徴を示す

しかし、この「均一化」には見えない代償があります。


F1中心の農業が失ってしまったもの

F1品種そのものを否定する必要はありません。現代の食料供給を支える上で極めて重要なテクノロジーです。しかし、F1中心に偏りすぎた結果として、在来種や固定種が全国的に姿を消しつつあります。

在来種・固定種は、その土地の気候、土壌、水、病害虫、異常気象、すべてを長い年月かけてくぐり抜けて残ってきた“土地の記憶”のようなものです。

普段の年は収量が少なく見えても

・冷夏
・猛暑
・予期せぬ干ばつ
・新しい病気
・異常な雨量
・未知の害虫の侵入

田舎の道の駅では、未だに曲がりくねった不揃い野菜や、山の中で収穫した山菜やタケノコ、きのこなどが並ぶ

こうした“非日常”の年には、在来種だけが生き残るケースがあります。これは遺伝的に幅のある集団だからこそできることで、一点集中型のF1にはできない芸当です。

このため世界的には、多くの国が「F1と在来種の共存」を維持しようと政策に組み込んでいます。しかし日本では、効率化だけが重視され、在来種は商品価値の低さから急速に市場から排除されてきました。

その結果、農業の多様性は薄れ、農家の自家採種文化も消え、種苗会社への依存が高まる構造が出来上がりました。
そしてこの均質化こそが、日本の食料システムが抱える最大のリスクを生み出します。


均質化されたシステムは「平時に強く、非常時に弱い」

F1中心・大規模・均一化された農業は、平時には非常に効率的です。計画的に大量生産ができ、価格も安定し、物流コストも抑えられます。

しかし、“不測の事態”が起きると話は別です。「気候変動の加速」「新規病害虫の拡大」「豪雨や干ばつの地域偏在」こうした環境の揺らぎに対して、均質な農業は総崩れを起こしやすくなります。

一本の柱に依存しているほど、折れたときの影響は大きくなります。
一方で、小規模農家や在来種を守る農家は、非常時のレジリエンスに優れています。現代では見過ごされがちですが、これこそ国の根本的な生命線です。

そしてこの“均質化の弱点”は、農業だけでなく、物流全体にも広がっています。


食品産業の統合システムは「ハッキング一発」で止まりうる

現代の食品企業は、原材料の発注、在庫管理、製造ラインの制御、配送スケジュール、仕分けロボット、伝票処理まで、あらゆる工程をデジタルシステムに統合して運用しています。これは効率を極限まで高める一方で、システム障害に対して致命的に弱い構造でもあります。

たとえば、以下のような問題が1つ発生するだけで流通が止まります。

・配送用バーコードが発行できない
・出荷指示が出せない
・在庫データが更新されない
・店舗で受け取り処理ができない
・配送センターのロボットが停止する
・トラックがどこへ行けばいいかわからない

こうしたトラブルは、もはや“ハッカー数人”のサイバー攻撃で起こり得ます。

アサヒビールのサイバー攻撃はそれを示した現実例でした。

アサヒビールは13日、10月の売上高の概算が前年同月比1割減になったと発表した。9月末に親会社のアサヒグループホールディングス(GHD)がサイバー攻撃を受けシステム障害が発生し商品の受注や出荷が停滞したが、現場では手作業で乗り切っている。
アサヒビール10月売上高、サイバー被害でも1割減 手作業でしのぐ(日本経済新聞)

もし同じことがパン、米、野菜、冷凍食品など“日持ちしない食品”で起きた場合、都市部はわずか数日で食料不足に陥ります。

効率化の裏側に潜むこの脆弱性は、農業の均一化と同じ構造です。


これから必要なのは「巨大システム」と「分散型の生存力」の両立

現代の食料インフラはこれまでにないほど効率的で、平時の生活を豊かにしてきました。しかし同時に、均質化・大規模化・デジタル化・F1依存という一本化された構造は、非常時に一撃で崩れる可能性を抱えています。

だからこそ重要なのは、巨大システムだけに頼らず、次のような“小さく分散した生存力”を再評価することです。

・在来種・固定種の復権
・小規模農家の支援
・地域流通の整備
・地場供給力の強化
・多品種栽培の推進

これらは単なるノスタルジーではなく、国家の安全保障として必要な視点です。

ある農家の畑では、サニーレタスを無人で自分で収穫するスタイルになっていた

物流が止まり、輸入が途絶え、中央システムが崩れたとき──

最後に国を救うのは、土地に根ざし、多様な作物を育て続ける小さな農家たちです。

そしてその価値を理解し直すことが、これからの食料政策や日本の未来にとって極めて重要だと感じています。

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