長らく“自然吸気(NA)こそポルシェの魂”と語られてきました。水平対向6気筒のエンジンが奏でる官能的なサウンドとリニアなレスポンスは、スポーツカーの理想形のひとつとされ、多くのファンを虜にしてきました。しかし近年、自動車業界は環境規制の強化、燃費改善、CO₂排出削減といった大きな流れの中で、避けて通れない「ダウンサイジングターボ」の時代へと突入しました。
その波はついに、ポルシェの伝統的なミッドシップ・ロードスターであるボクスターにも訪れます。そう、718ボクスターの登場です。

初代から続く「純粋なるミッドシップ・ポルシェ」
1996年、初代ボクスター(986型)はポルシェ968の後継機として誕生しました。
2480ccの水平対向6気筒エンジンをミッドシップに搭載し、軽快なハンドリングと適度なパワーで、世界中のスポーツカーファンから絶賛を浴びました。その後、モデルチェンジを重ねながらエンジンは排気量・パワーともに拡大。987型、981型と進化するにつれて、Sグレードでは3.4リッターまで拡大し、自然吸気のフィーリングを極めていきました。
981型のボクスターSでは、3436ccのフラットシックスが最高の仕上がりを見せ、まさに「小さな911」と呼ばれるほど完成度の高いモデルでした。
しかしその延長線上にあるのは、もはや“効率の限界”です。排ガス規制の厳格化により、ポルシェはついに決断を下します――排気量の縮小、つまり“ダウンサイジングターボ化”です。
そして718ボクスターへ――4気筒ターボという新時代
2016年に登場した718ボクスター(982型)は、それまでの6気筒から4気筒へと大きく舵を切りました。ボクスターのスタンダードモデルには1,988ccのフラットフォー・ターボ、Sグレードには2,497ccのターボエンジンを搭載。
下記はその主なスペックです。
【718ボクスター】
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水平対向4気筒 1,988cc
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最高出力:300PS / 6,500rpm
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最大トルク:380Nm / 1,950–4,500rpm
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最高速度:275km/h
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0-100km/h加速:4.9秒(スポーツクロノ装着時4.7秒)
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車両価格:6,580,000円(MT)/7,104,000円(PDK)
【718ボクスターS】
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水平対向4気筒 2,497cc
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最高出力:350PS / 6,500rpm
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最大トルク:420Nm / 1,900–4,500rpm
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最高速度:285km/h
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0-100km/h加速:4.4秒(スポーツクロノ装着時4.2秒)
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車両価格:8,520,000円(MT)/9,044,000円(PDK)
数値上は確かに進化しています。ですが、乗ってみた印象はどうでしょうか。
加速は「遅い」?その理由を探る
結論から言えば、筆者が試乗したボクスターS(PDK仕様)において、第一印象は「加速が思ったより遅い」というものでした。もちろん、数字上では0–100km/h加速が4.4秒という俊足です。にもかかわらず、体感的な“押し出し感”や“暴力的なトルク感”が薄いのです。
これは単に加速力が足りないというよりも、ターボエンジン特有の線形的トルクカーブと、ポルシェらしい制御の上品さが原因だと思われます。
スポーツモード+を選択しても、ギアが滑らかに繋がり過ぎるほどで、荒々しい“蹴り出し”がない。結果として、冷静なドライバーであれば「実際には速いのに、速く感じない」という印象を持つはずです。
比較対象として挙げるなら、BMW M2(実売価格770万円前後)の方が圧倒的に加速感があります。また、直列6気筒を積む440iの方が“加速のドラマ性”という点では上回っていると感じました。
おそらくボクスターSのエンジンは、極めて高効率に設計されており、過度なドラマ性を演出しない方向にチューニングされているのでしょう。ポルシェらしい「洗練された速さ」の結果として、体感が穏やかになっているのです。
しかし、コーナリングは異次元
加速感の話だけをして「遅い」と結論付けてしまうのは早計です。
718ボクスターの真価はむしろ“曲がる速さ”にあります。一度ワインディングロードを走れば、誰もがその圧倒的なコーナリング性能に驚かされるでしょう。
ミッドシップレイアウトによる理想的な重量バランス、短いホイールベース、剛性の高いボディ、そして極めて正確なステアリング。これらすべてが、他のどのメーカーの車にも真似できない「一体感」を生み出しています。
ハンドルの遊びは極めて少なく、わずかな操作にもタイヤが正確に反応します。路面の情報が手のひらに伝わるような感覚があり、ステアリング操作と車体の動きが完全に一致する――この感覚は、まさにポルシェそのものです。
中低速コーナーでは、より高出力のFRスポーツカーをも凌ぐ速度で旋回できるほど。峠道やワインディングの多い日本では、718ボクスターのハンドリング性能こそ最大の武器と言えるでしょう。
サスペンションはやや固めですが、路面の凹凸をしっかり伝えてくれるため、ドライバーは“攻められる限界”を掴みやすい。こうしたフィーリングは、筆者がかつて所有していたマツダRX-7(FD3S)を思い出させるものがあります。
718ボクスターは、かつての日本製スポーツカーのような“ピュアな操る楽しさ”を、ドイツ的な完成度で再構築したような印象です。
デザインと所有感――“美しさ”が日常を変える
外見もまた、718ボクスターの大きな魅力です。ライト周りのデザインはシャープかつモダンになり、全体のフォルムには一切の無駄がありません。
機能美を極めたラインは、ポルシェ伝統の哲学そのものです。最近の一部メーカーが好む過剰なエアロパーツや複雑な曲線とは対照的に、718ボクスターはシンプルな造形の中に力強さと優雅さを併せ持っています。
それはまるで、デザインのノイズを徹底的に排除した“彫刻”のようです。街中で見かけた人は、「新しいポルシェだな」と思うでしょう。しかしマニアが見れば、「お、2.5Lターボの718ボクスターSだな」と一目で分かります。
つまり、一般人から見ても“最新のポルシェ”、マニアから見ても“違いの分かるポルシェ”。この絶妙な立ち位置こそ、ボクスターが持つ最大の価値かもしれません。
そして、オーナーとして日常でこの車を眺めるたびに感じる「所有の喜び」。それは数字やスペックでは語れない、心を満たす満足感です。
正統派ポルシェか?――その答え
さて、最後に問いたいのは「718ボクスターは正統派ポルシェなのか」という問題です。
古くからのポルシェファンの中には「空冷時代の911(993型)こそ本物だ」と言う人もいれば、「6気筒でなければポルシェではない」と主張する人もいます。
確かに、そうした価値観には深い共感があります。エンジンのサウンド、フィーリング、振動、すべてが“生き物のよう”だった時代がありました。しかし、718ボクスターに乗ってみれば、そこには間違いなく“ポルシェらしさ”が息づいています。
ドライバーとクルマが一体になり、コーナーを駆け抜ける瞬間の高揚感――それは空冷の時代とも、自然吸気の時代とも変わらない「本質」です。そして何より、扱いきれるパワーと軽快なサイズ感は、日本のような狭い峠道や街中でこそ輝きます。
過剰なパワーを誇るスーパーカーではなく、ドライバーが“自ら操る歓び”を味わえる――その哲学こそが、ポルシェの真のDNAなのではないでしょうか。
そう考えると、718ボクスターはまさしく「現代の正統派ポルシェ」と言えます。
ダウンサイジングは“妥協”ではない
4気筒ターボ化によって、ポルシェは決して“妥協”したわけではありません。むしろ、時代の要請と環境規制の中で、いかにして“ポルシェらしさ”を守り抜くかという挑戦を選んだのです。
その結果として誕生した718ボクスターは、効率と情熱、洗練と本能が見事に融合した一台となりました。排気量が小さくなっても、魂まで小さくなったわけではありません。
むしろ、より純粋な形でドライビングプレジャーを追求した結果がこの車に結晶しています。もしあなたが、ただの速さではなく“操る楽しさ”を求めるなら――718ボクスターは、その期待に必ず応えてくれるでしょう。






