中国発祥のラブブ(LABUBU)をご存知でしょうか。
日本でもここ数年で大ヒットしていて、電車に乗ると、このちょっと怖い顔をしたキャラクターグッズをカバンに下げている人をよく見かけますよね。
バスの中などでも小学生くらいの女の子がこのキャラクターを付けていることがあり、気づけば身近なところまで流行が広がっていて驚かされます。
さて、このラブブなのですが、もともとは香港出身のデザイナー・カシン・ロン氏(Kasing Lung)が生み出したキャラクターです。中国の玩具メーカー・ポップマート(POP MART)がブラインドボックス形式のフィギュアとして販売を始めたことで一気に世界的なヒットとなりました。爆発的な人気を背景に企業の株価も急上昇し、まるで「中国版ディズニーが生まれるのでは」と言われるほどの勢いがあったのです。
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— POP MART (@POPMARTGlobal) November 7, 2025
ところが最近になって、そうしたブームが急速に冷え込みつつあります。SNS上でも「ラブブ熱が一気に冷めた」「模倣品が多すぎてどれが本物かわからない」といった声が多く見られるようになりました。単にブームの反動というだけでなく、そこには中国の知的財産(IP)に関する根本的な問題が横たわっています。
株価もピークからやや低迷しています。
なぜ、世界に誇れるはずのキャラクタービジネスが、土台から崩壊しそうと言われているのでしょうか。今回は、中国社会に深く根付いた文化的背景から、その構造を解説していきたいと思います。
歴史的に「共有文化」だった中国
まず、中国には古くから「模倣・再解釈・継承」を重んじる文化があります。
これは単なる経済的な問題ではなく、数千年にわたって積み上げられてきた思想の問題でもあります。
たとえば書道の世界では「臨書(りんしょ)」といって、過去の名人の筆跡を忠実に再現することが修行の第一歩とされています。
絵画や詩の世界でも「先人の作品を模倣し、さらに洗練させること」が評価の対象でした。
儒教思想においては、個人の創造よりも伝統を守ることが尊ばれたのです。
このような背景から、中国社会では「他人の作品を真似る」という行為に、強い罪悪感を持つ意識があまり形成されませんでした。つまり、“模倣=悪”という西欧的な著作権概念が文化土壌として存在してこなかったのです。
これは芸術や思想に限らず、産業の分野にも影響を与えました。
誰かが新しい技術を生み出したら、それを模倣して改善するのが当然と考えられ、
「独占して守る」よりも「共有して広げる」ことが社会の発展につながると信じられてきたのです。
その価値観が、現代中国のビジネス慣行にも強く残っていると言えるでしょう。
共産主義体制による「私有権」概念の希薄さ
次に、中国の政治体制にも理由があります。
1949年の建国以降、中国は共産主義体制をとっており、国家がすべての生産手段を所有する仕組みを採用しました。
この体制下では、個人の所有権や発明の独占権という考え方そのものが軽視されてきたのです。
知的財産は「国家や集団の共有財産」とみなされ、個人が独占して利益を得るという発想はあまり受け入れられませんでした。
むしろ「誰が作ったか」よりも、「それが国家の発展にどれだけ役立つか」が重要視されてきたのです。
この考え方は現在も役所や企業、教育の現場などに残っています。
つまり、「知的財産を守る」というよりも、「国家や企業全体の成長のためにどんどん使う」方向に意識が向かっているのです。
そのため、たとえ模倣品が出回っても、「みんなが使っているのだから問題ない」「有名になった証拠」と考える風潮が残っています。
このような意識構造の中で、ラブブのように「個人デザイナーが生み出したブランド」を守ることは非常に難しいのです。
「改革開放」以降も続く、法より経済優先の体質
1978年に始まった「改革開放政策」以降、中国には多くの外国企業が進出しました。このとき中国政府は外資誘致のために、急ごしらえで知的財産関連の法律を整備しました。しかし、その実態は「形だけ整った法制度」にすぎず、現場レベルでの執行意識は極めて低いものでした。
地方政府や警察、裁判所では、雇用や税収を優先して偽物工場や模倣品業者を見逃すケースも少なくありません。地方経済を回すためには、多少の違法行為には目をつぶるという「現実的判断」が優先されてしまうのです。
さらに、外資系企業も「とりあえず安く作れるならよい」と妥協し、中国側に技術を提供してしまうことが多くありました。
こうして、「法があっても守られない」「訴えても意味がない」という慣行が定着していきました。
結果的に、経済成長のスピードが法の整備を追い越したのです。
経済が急拡大する一方で、知的財産を保護するための社会的基盤が整わなかったという構造的な問題があります。
知的財産の意識を持つ世代がまだ若い
ここ数年、ようやく中国でもIP(知的財産)を重視する若い世代が登場しています。
都市部のデザイナーやスタートアップの中には、日本や欧米で教育を受けた経験を持つ人も多く、
知的財産を守ることの重要性を理解しています。
しかし、中国全体で見れば、まだまだこの意識が社会に浸透しているとは言えません。
企業経営者の多くは「儲かれば良い」「真似されるのは人気の証拠」と考えており、
法の運用よりも「コネ」や「取引関係」を重視する傾向が強く残っています。
地方では著作権登録の仕組みそのものを理解していない事業者も多く、
「知的財産を守る」という概念がそもそも教育や制度の中に根付いていません。
つまり、制度は存在しても、社会全体の倫理・意識が追いついていないという段階にあります。
これはまさに“法の未成熟と意識の未発達”が並行して起こっている状況です。
ラブブが直面した「文化・制度・倫理」の三重構造
このような中で誕生したのがラブブというキャラクターでした。
ラブブは中国発のキャラクターとして世界的に成功した稀有な例でしたが、皮肉にも、その成功を支えた国内市場こそがブランドを壊す原因になりつつあります。
人気が爆発すると同時に、模倣品や非公式グッズが大量に出回り、ファンの中でも「どれが本物か分からない」「公式が負けてしまう」といった声が上がりました。
本来ならばデザイナーやメーカーが法的に対処すべきですが、コピーを止める法的な力が弱く、取り締まりコストも膨大で、現実的には手が出せないのです。
一方で、ブランドの根幹を担うデザイナー本人は、自分の作品が無断で流通していく状況に精神的に追い詰められていると報じられています。ファンは愛着を持っているのに、その供給と権利の仕組みが崩壊していくという、非常に痛ましい状況です。
ラブブのケースはまさに、文化・制度・倫理の三重構造的な脆弱さを露呈した事例と言えるでしょう。
【検出】偽物のラブブ人形から発がん性物質、基準値の344倍 韓国https://t.co/0Pgyrpoxw7
ラブブのキーホルダーを分析した結果、基準値の344倍に達する可塑剤が検出された。可塑剤は国際がん研究機関が「人体への発がんの可能性がある物質」に指定している有害物質。 pic.twitter.com/IxKVHcv1MI
— ライブドアニュース (@livedoornews) November 6, 2025
日本との対比に見る「知的財産文化」の成熟度
日本は戦後の早い段階で、著作権や商標権などの法体系を整備し、「他人の作品を模倣するのは恥ずかしいこと」「オリジナリティが価値を生む」という文化を根付かせてきました。
もちろん日本にも、初期の自動車や家電産業において「アメリカのデザインを参考にした」時期はありました。しかし、それはあくまで技術吸収の一環であり、法的にも段階的に整備され、「模倣から創造へ」とスムーズに移行できたという強みがあります。
一方の中国では、経済発展のスピードがあまりに急だったため、制度も倫理も整わないまま、「とりあえず真似して売る」という文化が先に根付いてしまいました。そして今、自国発のキャラクターやブランドが育ち始めたことで、ようやくその「コピー文化」が自分たちに跳ね返ってきているのです。
まさに、長年の模倣体質がブーメランとなって自国の産業を苦しめている状況だと言えるでしょう。
コピー文化から創造文化へ
ラブブの問題は、一つのキャラクタービジネスの失敗談ではなく、中国全体が抱える「文化の転換期」の象徴です。
本物のラブブ可愛いな!
2枚目右が偽物www pic.twitter.com/UfLKQ9mPMW— のん (@ayynonon) October 31, 2025
模倣によって成長してきた社会が、今度は「創造を守る立場」に立たなければならない。
この転換は、単に法律を整備するだけではなく、人々の意識、教育、倫理観のレベルから変えていかなければなりません。
近年、中国政府も「知的財産権の保護強化」を掲げていますが、地方行政や中小企業の現場まで浸透するにはまだ時間がかかるでしょう。それでも、若い世代のデザイナーやアーティストたちが、自らの作品を誇りを持って守ろうとする動きが少しずつ広がっています。
ラブブのようなキャラクターが再び健全な形で愛されるためには、「真似て広げる」から「守って育てる」文化へと、社会全体が変わっていく必要がありそうです。





