なぜ日本では「家葬」が少なくなったのか

コラム
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以前、友人の家を訪れたときに少し驚いたことがありました。
玄関に大きな胡蝶蘭が飾られていたのです。

「誰かお店でもオープンしたの?」と聞くと、「おばあちゃんが90歳になったので、そのお祝いで定期的にこうして玄関に胡蝶蘭を飾る文化があるんだよ」と教えてくれました。

私の実家にはそのような習慣がなかったため、不思議に思って少し調べてみました。
すると、会社勤めの家庭や農家ではない、戦後にできた比較的新しい家の中には、玄関に花を飾ることで節目のお祝いを行い、それを周囲の人にさりげなく知らせる役割を持たせているケースがあることに気づきました。同じ村や地域で暮らす人たちに対して、「今こういう節目を迎えていますよ」と間接的に伝える機能を持っているのです。

一方で、私の祖母の家は農家でした。花をわざわざ買って飾る文化がなかったという側面もあります。しかし同時に、別の方法で同じ村の人たちに節目を知らせる仕組みがあったのだとも気づきました。

どういうことかというと、農家の旧家には、家が大きいだけでなく、車をやけに何台も停められる駐車スペースがあったり、玄関のすぐ近くに和室があり縁側があり、そこが仏間になっていたりします。しかも、その仏間が異常に広い家が多いですよね。
これはどうやら、昔の日本の本来の住まいの形で、家で行事を執り行うために、親しくない人でも家に上げる必要があったため、こうした空間をあらかじめ区切って用意していたと言われています。

私の場合、その仏間は20〜30人が座れるほどのかなり広い空間でした。普段は何も置かれておらず、きれいに整えられた和室で、仏壇も極端に高級というわけではない中級グレードのものです。しかし、そこにはどこか神秘的な雰囲気がありました。
この空間は精神的に特別な場所であると同時に、実際には自宅で葬儀などを滞りなく行うために工夫された、非常に実用的なスペースでもあったのです。

かつては、このような広い家と仏間を持つ家で、自宅葬が行われることが珍しくありませんでした。近所の、長年同じ地域で暮らし、顔を合わせれば挨拶を交わすような、何とも言えない距離感の人たちが自然に集まり、協力し合いながら、お通夜やお葬式を家だけで完結させていました。自宅にお坊さんが来て、そこで葬儀をあげる、そんな光景を覚えている方もいるのではないでしょうか。

私は関東に引っ越してから10年が経ちますが、自宅でお葬式を行っている家をほとんど見かけません。東京都内でも埼玉でも、車でゆっくり走っていても、家葬をしている家を一度も見ないまま10年が過ぎました。
中には今でも昔ながらの形で自宅葬を行う家庭もあるのかもしれませんが、体感的には100件に1件どころか、下手をすると1000件に1件あるかどうか、というほど少ない印象です。

そもそも、マンションやアパートが増え、そうした場所では人を呼ぶこと自体が難しいですし、一軒家であっても駐車スペースや人を集めるための部屋がない家も多く、自宅で葬儀を行える家庭はかなり限られています。

結果として、東京では葬儀をはじめとする「家の出来事」をすべて外注するスタイルが一般化しました。自宅は完全にプライベートな空間とし、他人は基本的に上げない。人が亡くなった際には、セレモニーホールを借りたり、専門業者にすべてを任せたりする。

「死」や「葬送」という出来事自体が、家の外へと切り出されていったわけです。

これが良いか悪いかは別として、非常に大きな文化の変化であることは間違いありません。

さらに言えば、たまに地方へ帰った際にも、自宅で葬儀を行っている家は以前より明らかに少なく感じます。これは関東などの都市部に限った話ではなく、全国的に、たとえ十分なスペースや仏間があったとしても、近所付き合いの希薄化や、「誰かに任せると面倒なことが起きそう」「そもそも頼める相手がいない」といった理由から、家葬を選ばない人が増えているのかもしれません。

今後、自宅で葬儀を行うという選択をするのは、ほんの一部の人たちだけになっていく、そんな時代に入っているようにも感じます。

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