子供にスポーツをさせてはいけない

コラム
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私は小学生の頃、サッカークラブに所属し、中学生では部活動でバスケットボールをしていました。
結論から言えば、私はスポーツに向いていませんでした。

どのスポーツでも共通して言えることですが、活動時間の大半は練習です。感覚的には、練習が99%、試合や本番が1%。週に10〜20時間は当たり前に費やされ、本格的に取り組む子供であれば、さらにその何倍もの時間を練習に使います。

しかし私にとって、その練習時間は「成長のための時間」ではなく、ひたすら苦痛に耐える時間でした。
自分なりに真剣に取り組んでいたつもりではありますが、成果は出ず、運動神経も良い方ではなかったため、試合に出られることはほとんどなく、ベンチに座っている時間ばかりが増えていきました。

「努力すれば報われる」という言葉が救いにならない時

当時の大人たちは、結果の出ない私に対して決まってこう言いました。
「もっと練習を頑張れば上達するよ」

それは一見、前向きで正しいアドバイスのように聞こえます。しかし、努力しても伸びない分野があるという現実を、子供の頃の私は誰からも教えてもらえませんでした。

ピアノやギター、バイオリンが苦手な人は珍しくありません。
それらは「向いていないなら無理にやらなくてもいい」と自然に受け止められます。
ところがスポーツだけは、なぜか「素晴らしいもの」「やって当然のもの」とされ、苦手であっても我慢して続けることを求められるケースが非常に多いのです。

この価値観は、子供にとって必ずしも健全とは言えません。

「子供にスポーツをさせてはいけない」という本当の意味

冒頭タイトルの「子供にスポーツをさせてはいけない」という言葉は、スポーツそのものを否定しているわけではありません。
言いたいのは、スポーツには明確な向き・不向きがあるという事実です。

整理すると、次のようになります。
• やるべき子供
• そのスポーツや練習が好き
• 運動神経が良く、上達の実感が得られる
• やるべきでない子供
• そのスポーツや練習が嫌い
• 運動神経が悪く、努力が成果につながらない

とてもシンプルな話です。
「そのスポーツや練習が嫌い」で、なおかつ「運動神経が悪い」にもかかわらず、
根性論や一般論だけでスポーツを強要するのは明確に間違っています。

一方で、子供本人がスポーツを心から好きであれば、いくらでも挑戦させてあげればいい。問題なのは、「好きでも得意でもないのに、やらされること」です。

本当に伸ばすべきなのは、子供本人の「興味」

今振り返ると、私はスポーツではなく勉強がしたかったのだと思います。
小学生の頃から薬や建築に興味がありました。しかし、その興味が本格的に伸ばされることはなく、何となく日々を過ごしたまま大人になってしまいました。

20代になってから専門書を買い漁り、夜な夜な「楽しく勉強」しています。
この経験から強く感じるのは、子供の頃にこそ、本人の興味を尊重してほしかったということです。

親がすべきなのは、
• 子供が何に興味を示しているかをよく観察する
• それが世間的に「王道」でなくても否定しない
• 入門書を与えたり、実物を見せたりして好奇心を満たす手助けをする

ということだと思います。

それが野球やサッカーなら分かりやすいですが、薬や建築のように「子供向けではなさそう」に見える分野かもしれません。
それでも、本人が好きなのであれば、それを応援する価値は十分にあるのです。

子供に必要なのは、「みんながやっていること」ではなく、
「その子自身が夢中になれること」を見つけてもらえる環境なのだと思います。

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